第21話

 目の前の美少女が自らの事を「シリエル」と名乗った。


 僕はその事が理解できず、ボーっと突っ立ったまま、呆けたように彼女を見つめていた。


 どのくらいたったのか。一瞬かも知れなかったし、数分はそのままだったのかも知れない。気づけば、クリケットさんが部屋から消えていた。いや、思い返せば、ノックの音がしてクリケットさんが応対して「すみません、ちょっと呼ばれまして席を外します。じゃあ、よろしく頼むよ」と慌てて出て行ったような気がしないでもない。


 この部屋には、僕とシリエルさんの二人だけが残されていた。


「え! 二人だけ!?」


 あ、脳が再起動した。アワアワと周りを見渡せば、いつの間にかシリエルさんは先ほどまでクリケットさんが座っていたソファの方に移動していた。

 僕も、とりあえず居住まいを正す。


「……」


 なんとなく無言でシリエルさんを窺う。け、決してあまりの美少女っぷりに緊張して何話していいのかどうか混乱しているわけではない。わ、脚を揃えて膝をくっつけて座っているのがすごく様になっているなあ。ちょ、ちょっとスカートの長さが気になってしまうけれど失礼になるので目線を外して、ふむこの絶対領域はなかなか。


「どこを見ているのですか?」


「ごめんなさいごめんなさい!」


 テーブルに額をぶつけながら許しを請うた。まあ、なんだかんだで謝っていたら、迷宮での掛け合いが思い出されてきて心も落ち着いてきた。

 ……謝ったら落ち着くというのも冷静に考えるとすごいな。大丈夫か僕。


「まさか、シリエルさんだなんて思いもしなかったよ。支援精霊はダイバーズウォッチの中の人だと思ってた」


「中の人……?」


 不思議そうに首を傾げるその姿が綺麗すぎてシリエルさん怖い。


「支援精霊としての本体は、こちらの姿になります。【潜る者】ダイバーが迷宮外であるこの区域――単に【街】と呼ばれていますが、ここに滞在する間はダイバーズウォッチからこの身体に乗り換えるのです」


「乗り換える?」


「支援精霊は【潜る者】ダイバーの支援が目的として生まれました。しかし、この身体【精霊躯体エレメンタルフレーム】は迷宮に漂う澱みにひどく弱く長時間の活動ができません。そのため、ダイバーズウォッチに意識を移し、サポートを行うのです。ただ、ダイバーズウォッチに意識をとどめておくのも限界があります。そのため、【潜る者】ダイバーには定期的に【街】に戻っていただき、意識をダイバーズウォッチから【精霊躯体エレメンタルフレーム】に戻し、回復を図ることになるのです」


「なるほど、【潜る者】ダイバー自身の事情だけではなかったのか」


「そうなります。トオルには面倒をかけることになりますが」


「いやいや!」


 頭を下げるシリエルさんに、ぶんぶんと首を振る。


「そう言う事なら納得したよ。なんで、迷宮外に戻る必要があったのか。これでスッキリした。シリエルさんのためだもの、これからも積極的に【街】に戻ろう!」


「何かトオルが言うとサボるいい口実ができたような言い方ですね」


「ええええええええええ」


 なんて言われようだ。軽く凹んでいると、シリエルさんの周りの空気がフワリとほころんだ気がした。


「冗談です。ありがとうございます、トオル」


 そのかすかな微笑みに僕は死にそうになった。シリエルさんの笑みは、可愛すぎて軽く人を殺せるな……心臓が爆発して死なないように気を付けよう。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「これから三日間、トオルには講習を受けてもらう事になるのですが……」


 そう言えばそうだった。美少女支援精霊シリエル爆誕のイベントが強烈すぎて、忘れかけてた。


「はい! とても楽しみです!」


 どんなコスチュームでシリエルさんがご教授してくれるのか大変興味があります! 隣に座って、ちょっと肩が触れ合ったりする単発イベントなんかが用意されてるんですよね! 僕わかります!


「教鞭と眼鏡はオプションにありますか?」


「時々トオルの魂に亀裂が入ってないか心配になります」


 おおう。やっぱり、こういう台詞聞くとシリエルさんだなあって安心するな。


「適正試練でそれなりに実力はつきましたが、これからの迷宮探索を続けていくにはさらに力をつけていく事が求められます。三日間、どれだけ効果的に力を身に着けていく事ができるか。居眠りはさせませんからね?」


「さっきも言ったけど、シリエルさんの講習なら三日三晩不眠不休でも問題ないね」


 僕は自信たっぷりにシリエルさんを見つめた。こんな美少女と三日三晩二人っきりで講習なのだ。何の問題があろう。ここが天国だった。


 迫りくる幸せタイムに感動していると、シリエルさんが「そうですか」とソファから立ち上がった。


 そのまま、部屋の扉に近づく。ガチャリと鍵のかかる音がした。


「……え?」


「鍵をかけました。これで私以外、この部屋を開けることは出来ません。三日間集中して講習を行う空間が用意できました」


「あれ? えーと、なんか思ってたのと少し違う様な雰囲気が」


「ご安心を。【潜る者】ダイバーは前にも言いましたが食事をとる必要は必ずしもありません。三日ぐらい余裕です。私も、基本的にはとる必要がありません。休憩も不要です。トオルの希望通り、三日三晩不眠不休でいきましょう」


「い、いや、そのあれはいわゆる言葉のあやというヤツで本気にされても困るというか」


「……私と三日三晩二人っきりはご不満ですか?」


「それはすっげえズルい言い方だ!」


 シリエルさんの小悪魔っぷりがひどい! まだ生まれて二日目とは思えない!


「では、さくさくと進めていきましょう。この二日間でトオルの思考回路は読めています。詰め込めるだけ詰め込んだ後に、強引に空きを作って、さらに詰め込んでみせましょう。ご期待ください」


「もうすでに不安しか感じない!」


 そして、三日間の講習が始まった。ここが地獄だった。

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