第20話

 僕の重大な決意がなんかフワフワと浮いたような感じになった気もしなくもないが、とりあえずは【潜る者】ダイバーとして本格的に迷宮に潜ることを決めた。


 ここからが本番という事だろう。


「――本当にいいのだろうかという葛藤は少しありますが……」


 チラリとこちらを見てくるクリケットさん。


「まあ、いいでしょう。では、あらためてトオルさん、迷宮最深部への試練どうかよろしくお願いいたします。これからの長い迷宮探索は、私達が全力でサポートする事になりますので安心してください」


「よろしくお願いします! というか支援精霊シリエルさんのサポートが無かったら、僕の試練はグダグダになりそうなので……」


 一階で即座に迷子になる自信はある。


「ダイバーズウォッチに搭載された支援精霊は、初回起動と同時に産み出されます。【潜る者】ダイバーの支援ができるように最初から必要な知識は持っていますが、産まれたばかりの支援精霊はある意味トオルさんと一緒に成長していくわけです。これからも、仲良くしてやってください」


相棒パートナーってわけですね。大丈夫です。例えどんなことがあろうとも、支援精霊さんを信じてついていきます!」


「そこは、トオルさんが引っ張っていくような感じの事を言うところでは?」


「シリエルさんが有能すぎて不可能です。ああ、これは嫉妬ではないですよ。僕の支援精霊さんへの好感度はマックスで振り切ってますから、安心してください。なんなら、これからの僕らの門出を祝福してくれても構いませんが!」


「えーと、まあその辺はおいおいで……」


 僕の真摯な言葉は、超適当にクリケットさんに流された。


「ところで、トオルさん。本格的に【潜る者】ダイバーとして活動してもらうために、もう一度説明というか詳細な講習を受けてもらう事になるのですが。今から、お時間は大丈夫でしょうか?」


 来た。

 ごくりと喉が鳴る。もしかしたらと思ってはいたが、やはり来た。あの地獄のような退屈な時間がまた始まるのか。いや、しかし、数時間の我慢だ。それさえ乗り越えればいいんだ。僕にだって耐えられる。今度こそ眠りはしない。


「三日ほどかけて【潜る者】ダイバーとして覚えるべき点を、私が講師となって」


「ぐうう」


「眠るの早くないですか?」


 今のはいびきじゃないわ! 何だ、三日って! 長すぎるでしょ!


「クリケットさん、僕はその間何時間居眠りすればいいんですか」


「聞かない事前提の話してますね……」


「いや、三日はさすがに長すぎでは」


「トオルさんに覚えていただきたい事をこれでもかなり搔い摘んだ内容にしているつもりなんですが」


「かいつまんだのに、詳細という表現……」


「昨日のはあまりにもざっくりしすぎていたなと反省しているところでして」


「クリケットさん。お互いの認識に相当なズレがありますよ?」


「ははははは、大丈夫です。私の講習はわかりやすいと評判ですので。ご安心して、三日間の講習をお楽しみください」


「おのれクリケット」


「ここで、その悪態つくの間違ってません?」


 しばらくクリケットさんとやいのやいの言い合いが続く。結局、講習三日間は覆すことは出来なかった。三日かぁ……終わった後、僕の人格変わってないかなぁ……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「三日間の講習は、支援精霊と一緒に受けていただくことになります。迷宮の情報への認識を合わせるためです。トオルさん、よろしいですか?」


 それは、つまりシリエルさんの監視が入るという事と同義ではないだろうか。


「よろしくないです」


「否定されるとは思いませんでしたよ」


「いや、絶対居眠りしようものなら怒られますもん。僕は、クリケットさんの講習で眠らないと断言はできません。僕は迷宮最深部に到達することは誓えますが、不可能な事は自分の魂にかけて誓えません」


「私の講習は迷宮よりも難解ですか」


「僕にとってはそうですね……あ、いっその事支援精霊さんに講習してもらうのはどうですか。それだったら、僕は不眠不休で三日間フルタイムでいけます!」


 あの可憐な声で優しく甘やかされながら講習されたい。


「うむ、これは我ながらナイスアイデアでは……」


「私の講習に対しての意見が納得しがたいですが……受ける本人がそう言うのなら。支援精霊も知識としてはすでに持っているので、講師役としては問題ありません。支援精霊に三日間の講習を受けますか?」


「はい、シリエルさんご指名します!」


「――という事で、急な変更になるけれど。講師役、私の代わりにやってもらっていいかな?」


 元気よく答えた僕の返事を受けて、クリケットさんは頷くと、僕の隣に視線を向けた。


 しばらく会話に参加していなかったので、僕はしばし彼女の存在を見失ってしまっていた。


「はい、わかりました」


 緩やかな水色のカールをなびかせて彼女が頷く。


「……え?」


 思わず隣を振り返る。金色の瞳と目が合った。ありえないほどの美少女が、僕を見つめながら言う。


「要望とあらば任されました。これから三日間、しっかりと講師役務めさせていただきます」


 桃色の唇から零れる、その可憐な声は。そういえば、迷宮で響いていたあの声にとてもよく似ていた。


「シ……シリエルさん?」


「はい、私がトオルのダイバーズウォッチに搭載された支援精霊シリエルです」


 胸に手を当て、美少女、いやシリエルさんが言う。


「これから、よろしくお願いいたします」


 そう言って、僕に深々とお辞儀をした。

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