第18話
クリケットさんが部屋に入ってきたのは、それから小一時間たった頃だった。現れたクリケットさんは、その長髪が少しパサついているように見える。どうやら、物凄く忙しいらしい。
「すみません、色々とバタついていまして……ようやくひと段落付きました。結構待ちましたよね。すみませんでし……何かありましたか、顔がニヤついてますが」
「いえ、何もないです。ご心配なく」
僕はおもわず頬っぺたをグニグニしながら答えた。いかん、さっきの美少女を思い返していたら、気持ち悪い顔になっていたらしい。かなり待っていたと思うんだけど、その間ずっとさっきのスペシャルイベントを脳内リピートしていたので問題なかった。むしろ、もうちょい遅く来てもらっても良かったぐらいだ。
「そうですか」
クリケットさんは不思議そうにしながらも、僕が座っているのとは反対にあるソファに腰かけた。
「昨日ぶりですね、トオルさん。私に会いたい用とは何でしょうか」
「僕にはさっぱり。でも、クリケットさん。貴方は分かってるんじゃないんですか? ダイバーズウォッチの支援精霊に貴方に会うように言われたので」
「支援精霊にですか。ということは到達したのですね、五階層に。【帰還門】から帰ってきたんですか」
クリケットさんは、ふうと安心したように息をついた。
「一度迷宮に入ったら、【帰還門】からじゃないと帰ってこれないんですよね? そうだとしたら、僕が此処に来たのは【帰還門】からだって分かるんじゃないんですか?」
僕が問うと、クリケットさんは「そうとも限りません」と首を振った。
「迷宮に入るためのあの大きな門の周りに何人もの人がいたでしょう。あの人達は、昨日のトオルさんのように私達に講習を受けたばかりの人達――だけではないのです」
「へ?」
「迷宮に入ることを決められない。迷っている人達もいるのです。今、あそこに佇んでいる人の中で一番迷っている方はもう数か月あそこにいます」
それは、言われてみればその可能性もあったと気づかされた事だった。迷宮に入る。その決断をしてダイバーズウォッチを受け取ったとしても……最後の最後で迷う事はあるのだろう。
僕だって、その可能性は大いにあった。
「支援精霊に言われて私を訪ねてきたという事は、インフォメーションのあの文字を見たという事ですね」
「あ、それ! 何ですか、あの邪魔くさいデカい文字は! おかげですっころんで痛い目にあったんですけど!」
ぷんすかクリケットさんに文句を言っておく。
「転ぶ? それは失礼しました? というか、あの内容に興味はないんですか?」
「なんて書いてありましたっけ? 邪魔くさいという記憶しかない……」
「トオルさん……」
クリケットさんの声に多分の呆れの感情が含まれているような気がするのは気のせいだな。うん。
「まあいいでしょう。では、用事を済ませましょうか。トオルさん。貴方は五階層に到達し、【帰還門】からここへと戻ってくる事が出来ました。
クリケットさんはそう言って「お疲れ様でした」と一礼した。彼の長い髪の毛がそれに合わせて、パサリと動く。
「適正試練? そう言えばそう書いてあったかも。どういう意味なんですか?」
「そうですね、ダイバーズウォッチを身に着け進化すれば、誰でも
「戦う事ができるか、ですか」
「それもあります。他にも色々あります。誰もが、迷宮に潜るという荒唐無稽な事ができるわけもない。一度決心したとしても、実際迷宮に潜ってみれば残念ながら心が折れてしまうことだってあるでしょう。適正試練とは、最初までの五階層で
「そうですか、支援精霊に僕が……」
なんだろう。凄く嬉しい。あのシリエルさんに合格通知をもらったというのが無性に嬉しい。
コンコンとノックの音がした。静かに扉が開く。振り向くと、あの美少女がカップが二つ置かれたトレイを持って入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
そう言って、美少女はテーブルにカップを置いた。そのまま、部屋から出ようとする。
「ああ、ありがとう。そうだ、ちょうどいい。君もこれから話す内容を聞いていてくれ」
「私がですか? はい、承知しました」
「立ったままも疲れるだろう。トオルさんの横に座るといいよ」
「では、失礼します」
水色の髪を揺らしながら、美少女がソファの隣に座ってくる。近い近い近い。このソファは二人掛けだから、ほんのちょっとでも身体を傾けたら、美少女に当たるわけで、うわあフワッといい香りがこっちにきた、いいのかいいのかクリケットさんなんていい人なんだありがとうございます!
「トオルさん、あらためて聞きたいことがあるんですが、どうしましょうか、その面白い表情が治るまで待ちますか」
「いえ、お気になさらず」
鼻血が出そう。ツーンとする。
「では……手短に聞きます。トオルさん、貴方は
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