第17話

 とにかくクリケットさんに会わないと何も始まらない。


 そういうわけで、僕はクリケットさんに会うのならここだろうと思う場所にやってきた。彼と初めて出会った部屋がある建物だ。


「あらためて見ると、周りの建物よりも大きいんだ」


 入口も両扉のものだ。多人数が出入りするのを考慮しているのだろうか。見やすい場所に掲げられてあるのは看板だろう。なんか文字というかマークというか、そういうのがある。まったく読めない。狭間の世界の文字だろうか?


 この場所に慣れる必要があるのなら、文字も覚える必要があるかも。ぐええ、英語苦手な僕には難しそうだ。母国語だって怪しい成績だったのに。


 両扉を開けて入ると、中は大きな空間となっていた。あまり行ったことはないけれど、役所、のような雰囲気。カウンターがあって、受付の順番を待つための椅子がいくつも並べてあって……。


 ポツリポツリとそんな椅子に座っている人影が見える。人数は多くない。カウンター向こうの対応している人たちも同じくらいだ。カウンター内の人達は制服なのか、同じ格好をしている。


 案内掲示だろう文字があるが、ぜんぜん分かんないので、案内してくれてない。いや、これはまあ文字が分からないこちらが原因なんだけども。


 クリケットさんと会った部屋はどこなんだったっけ。やはり、最初の時は、色々と心がグチャグチャだったせいか、ぜんぜん覚えていない。いや、あのクリケットさんの講習で頭が噴火しそうだったからが一番の原因じゃなかろうか。ほとんど聞いてない僕でも、無理やりにパンパンに詰め込まれた知識でフラフラだったからなあ。うん、どうやって部屋から出たかも覚えてないや。


「おのれクリケット」


 小さく呟いていると、そんな僕に声をかけてくる人がいた。


「どうしましたか?」


「え、あ、クリケットさんに会うために、来た、ん」


「クリケットですか。彼は、今席を外していまして……」


「です、けど」


「……? 何か?」


 僕は話しかけた言葉が途中で消えてしまったのも気づかないくらいに呆けていた。


 目の前にいる女性。いや、僕とほぼ変わらないぐらいの女の子……だろうか。水色の長い髪。軽いウェーブが入った緩やかな長髪と、金色の涼し気な瞳。着ているのは白いブレザーのようなもので、カウンター内にちらほら見かける人たちと同じ格好をしている。


 控えめに言って超ド級美少女だった。同じ空間にいるのが信じられない美少女だった。


 え、こんな可愛い子が存在しているの? 僕なんかが言葉を交わして大丈夫? 死刑にならない?


 そんな事を考えていると、目の前の美少女が困ったように口を開いた。桃色の唇が開くのを、ぼーっと見つめてしまう。


「……あの?」


「は、はい!」


「クリケットが戻ってくるのはもう少しかかると思います。よろしければ、私がご用件を伺いましょうか?」


「えー、えーとクリケットさんに聞きたいことがあったんです。だから、クリケットさんじゃないと分からないかも、しれない、です」


「そうですか」


 美少女はそう言うと、奥の通路を右の掌で示した。


「では、先にお部屋の方にご案内いたします。後ほどクリケットをそちらに向かわせますので、しばらくお待ちいただければ。よろしいですか?」


「は、はい。お、お願いします」


 ヤバイ。一声一声が可愛すぎる。会話のキャッチボールで、僕だけ大暴投しそうだ。ガチガチになった僕の前に立って美少女が案内してくれる。腰まである水色の長い髪のウェーブが、歩くのにつれてフワフワと揺れている。


 うわあ、いいのか、こんな美少女を真後ろから拝見しても。は、犯罪にならないだろうか。キョロキョロと監視カメラが無いか焦って探してしまう僕は、不審人物ムーブしまくりだった。


「こちらのお部屋です」


 扉を開けて、美少女が入室を促してくる。小さな部屋だった。二人掛けのソファが二つ、対面で置かれてある。中央には、小さいテーブル。それだけだ。打ち合わせとか、面会する時用な感じの部屋。


「では、クリケットが戻りましたら、こちらにすぐ向かわせます。しばらくお待ちください」


「あ、ありがとうございました!」


「いいえ……失礼いたします」


 美少女がカチャリと扉を静かに閉める。

 僕は、ふらふらと片方のソファに近づき――ボスンと深く座り込んだ。


「――緊張したぁ……」


 はじめて知った。ありえないくらいの美少女と会話を交わすと人は腰が抜けるらしい。

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