第14話

 休める場所は選り取り見取りだったけども、背中を預けてゆっくりしたいよね、ということで壁際に座ることにした。


「ふう」


 二階までとは違って、三階はなかなかに広いらしい。階段ごとに小休止はしていたものの、一度座ってしまえばはっきりと疲労していたのを自覚してしまった。


「インフォメーション・スワイプ」


 インフォメーションを呼びだす。別にはっきりと声に出す必要もないのだけれど、うまくスワイプできなかった時に補助的に音声認識もするようなので、意識して行うようにしている。


 視界の隅に置いていた時刻表示とカウントダウンに意識を向ける。そろそろ、八時間が経とうとしていた。

 初探索はなかなかに内容が濃ゆかったように思う。


「ヘイ、シリエルさん。そろそろ時間だよね」


『そうですね。【潜る者】ダイバーとして安全に活動するのなら、充分な休憩と睡眠はとったほうがいいです。ここで、今日は終わるのがいいでしょう』


「説明は受けてたけど、食欲はほんとうに無いんだね。喉も乾かないや」


【潜る者】ダイバーに進化した時点で、トオルの身体は今までと全く違ったものになっています。生命を維持するために必要なのは、この狭間の世界を構成するイデアと呼ばれるエネルギーだけです」


「息を吸う事でイデアを取り込むから、食べなくても平気って言われたな」


『ですが、【潜る者】ダイバーとして長く続けるのであれば、積極的に飲食を行う事をお勧めします』


「あ、一応食べようと思えば食べれるんだね。でも、なんで? 食糧確保も難しそうな迷宮なんだから、食糧問題片付くんならよくない?」


【潜る者】ダイバーとしての生命活動は大丈夫であっても、食べない、飲まない、というのは想像以上に心がすり減っていくようです。飲食が重要視されていなかった頃は、ある程度の階層まで潜っていくとほとんどの【潜る者】ダイバーたちが精神に何らかの異常を起こしました。どんな世界の住人であれ、「食べる」「飲む」という行為は決して欠かすことのできない重要な価値あるものであるというのが最近の風潮です。これに気づいて以降は、【潜る者】ダイバーの精神状態もだいぶ良くなってきています』


【潜る者】ダイバーの世界、厳しすぎ……」


 もしかしてとんでもないブラック業界に身を墜としてしまったのでは。

 心底慄いていると、シリエルさんの声が「そういえば」と頭の中に響いてきた。あいかわらず、可憐な声で聞くだけでヒーリング効果がある。三階の探索中に「【潜る者】ダイバーのお仕事お疲れ様! 大変だったよね。頑張るトオルの姿すっごく格好良かったよ!」というセリフを感情百パーセント付で是非お願いしますとリクエストしてみたところ「は?」という怪訝な声で聞き返されました。あれはきつかった。だが諦めない。要所要所で、リクエストだしていこう。千里の道も一歩から。


『……という事なのですが、わかりましたかトオルわかりませんね聞いてませんでしたね』


「返事する前に確定するのはどうかと思うんだけど」


『では、私が何を話したのか、説明をどうぞ』


「シリエルさんの話は何度聞いてもいいので、もう一度お願いします」


『トオルは、「申し訳ない」という感情を獲得すべきだと思います』


「そんな【技能スキル】みたいに言われても……」


 とりあえず五分ほど謝ったら許してくれた。だんだんシリエルさんとの仲が深まってきてる感じがする。


「階層外の門の所まで戻れる?」


『ええ。五階層を突破すると、下へ降りる階段と階層外の門へと転移できる【帰還門】の2つの道があります。そこで、一度階層外に行きましょう』

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