第12話

 スワイプした右手の指先に、サッカーボールほどの淡く光る白いもやかすみのようなものが現れた。


「む」


 ぶんぶんと右手を振ってみる。光球は右手から離れない。正確には、離れるもののフヨフヨと右手についてくる。


「うーん、レベルが上がれば操作できそうな感じではある……」


 すぐに消える様子もない。もしかしたら、僕が消そうと思わない限り消えないのかも。


「身体になんらかの影響が出ているようにも感じない。バフ系じゃないみたいだ」


 光球を纏ったまま、中剣を振るってみるが、いままでと全く同じ感じだ。握っている柄が光球につつまれていて、ちょっと間抜けな感じ。


「うーん、どんな効果なのか、はっきりしないなあ」


 右手に纏わりついている光球を眺める。


「大きさは変えられるのかな」


 そう呟いた時だった。


「お」


 グンと何かを持って行かれるような感覚がした。ふと見ると右手の光球が消えていた。と同時に、周囲に薄い光の幕が張られているのに気づく。


「いや、これは……光球が大きくなって僕を包んでいるのか?」


 キョロキョロと周囲を見渡す。どうやら僕の右手を中心とした半径三メートルの大きさになっているらしい。


 サイズ調整は自由にできるみたいだ。ピンポン玉から先ほどの半径三メートルぐらいまでが調整範囲らしい。ただ大きくするほど、僕の中の何かが減っていくのを感じる。頭が疲れるというか。


「ヘイ、シリエルさん。【技能スキル】って使うと何か消費したりする?」


『はい、【技能スキル】操作は常に【潜る者】ダイバーの精神力を消耗させます。一定の消費量ではなく、どんな使い方をするかによって消費量は変動します。先ほどのように、光球のサイズを大きくしたりするのは、あきらかに消費量は多そうですね』


「うん、サッカーボールは気にならなかったけど、一番大きいサイズは何か妙に疲れるね」


 ロールプレイングゲームのMPみたいなものだろうか。この疲れ方だと、消費し過ぎると集中力などに影響が出そうかも。


 ただ、現状【聖域】がどんな効果を持つのかはいまだ不明だ。


 次の戦闘で試しに使ってみるか。などと考えていたら、丁度良く影獣エイジュウが現れた。数は一体。検証するには、申し分ない。


 一旦、【技能スキル】を解除してから、やり直した方がいいだろう。まだ、中剣も間合いになるには猶予がある。


技能スキル】解除を念じ、光球が消えたのを確認してから、ダイバーズウォッチに二本指を置く。


「スキル・スワイプ!」


 サイズは最大の三メートルを念じる。目の前に淡い光の幕が現れた。思ったよりも、影獣エイジュウの速度が速かったので、展開した時には影獣エイジュウの鼻先が幕の中に侵入していた。


「イクイップ・スワイプ!」


 慌てて、小型円盾を呼び出す。準備が整うのと、影獣エイジュウが襲い掛かってくるのは同時だった。


 影獣エイジュウの牙を小型円盾で防ぎながら、ぼやく。


「なんだよ、シールドじゃなかったのか!? 素通りじゃないか!」


 影獣エイジュウの隙を見つけて、小型円盾でぶん殴る。当たりが良かったのか、幕を突き抜けて五メートルほど吹っ飛んだ。


 その間に、装備を中剣に換装する。よほどすばしっこいのか、中剣を構えた時には、影獣エイジュウはすでに光の幕のそばまで来ていた。


「ああ、もう! 邪魔くさいな!」


 思わず叫んだのと、影獣エイジュウが光の幕に遮られベタっと張り付いたのは同時だった。


「……は?」


 呆ける僕をよそに、影獣エイジュウはこちらに来ようと必死にジタバタしているが、光の幕が侵入を許さないらしい。


「【聖域】……もしかして、という【技能スキル】なのか……?」


 さきほど、影獣エイジュウが襲い掛かれたのは、展開時にすでに領域内に入っていたから?


 使い方によるだろうけど、これはかなり有効な【技能スキル】なのかも知れない。


「序盤からかなり当たりを引いた気がする……! これは余裕で勝てる……!」


 さあ、いくぞ!


 僕は中剣を握り直し、興奮しつつ影獣エイジュウに飛び掛かった。


「……」


【聖域】は僕を中心とした半径三メートルに展開される。


【聖域】内には僕が許可したものしか入れない(予想)。


 つまり、僕が動けば【聖域】も動くわけで。【聖域】が動けば、それにあわせて影獣エイジュウも離れていくわけで。


 何が起こっているのか分からない影獣エイジュウが、僕の目の前で光の幕に覆いかぶさりながら暴れている。


 ついでに言うと、中剣の長さは三メートルも無い。


 ぶんぶん。とりあえず振ってみた。うん、届かないね!


「使えねー!!」


 僕の悲痛な声が迷宮に響いた。


 影獣エイジュウは、【技能スキル】解除して倒しました。




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