第10話

 迷宮深度:

 潜心:2

 潜技:2

 潜体:1


 三階への階段の途中で、僕はインフォメーションを眺めていた。


「潜心」と「潜技」が「2」に上がった。これによって、僕はある能力を使うための条件をクリアすることができた。


 それは、【技能スキル】と呼ばれる特殊な能力だ。魔法、と呼ぶのが一番近いらしい。超常の力。


「ヘイ、シリエルさん。相談したいことがあるんだけど」


『なんですか』


「【技能スキル】って何選んだらいいのかな」


 今、僕の目の前にはインフォメーションに表示された取得できる【技能スキル】の一覧が並んでいる。


【土盾】【水槍】【火球】【風刃】といったいかにもな魔法っぽいものや、【索敵】や【気配遮断】【構造理解】などといった迷宮探索に必要そうなものなど。どれもこれもが必須に思えて正直どれを選んでもあれ選んでおけば良かったと後悔しそうだ。


 シリエルさんによれば、いまのところ取得できる【技能スキル】は一つだけらしい。

 だから失敗は許されない。今後の迷宮探索が捗る選択をしたい。


 そこで、そんな時こそ僕らの支援精霊シリエルさんの出番である。この迷える子羊に確かな未来を与えてくれるはずだ。


【潜る者】ダイバーの技能取得に関わる権限を私は持ち合わせてはいません。取得についての判断は、【潜る者】ダイバー自身でお願いいたします』


 迷える子羊が行方不明になっちゃう。


「時々、シリエルさんが頼りにならない……」


 思わずため息をついていると、「む」とした反応が頭の中に響いた。


『頼りにならない。はあ。頼りにならないと言いましたか。ほお。講習の内容をろくに覚えてもいない初心者【潜る者】ダイバーが、そう言いますか』


 あ。なんか、まずい予感しかしない。


「シリエル、さん?」


『ええ、ええ。わかりました。そうですね、わかりました。いまにも挫折しそうな【潜る者】ダイバーを支援するのが私の役目ですよね。権限など些細な問題ですよね』


 おかしい。いつもの可憐な声なのに、背中がぞくぞくしてしまう。


 思わずダイバーズウォッチから少しでも離れようと左手を精一杯伸ばして顔から遠ざけていると、コロンと緑色の石が転がり落ちた。


「これは……」


 確かこれは猿の影獣エイジュウを倒した後に、石畳に落ちていた物だ。シリエルさんに問い合わせたら、「……遺物です」と言外に「講習で聞きましたよね」と言われた気がしたので、「そうそう。そうだった」と軽くスルーしたやつだ。


 ダイバーズウォッチに触れさせると、謎空間にでも収納されたのか消えてしまったので、忘れてしまっていた。


遺物レリックとは、影獣エイジュウが残した最後まで無くすことができなかった思い入れのあるモノ。講習を聞いていたトオルは(ここだけ声が高かった)知ってると思いますが、緑色の遺物レリックは【技能スキル】が入っています』


 シリエルさんの説明を聞きながら、緑色の石を掴む。


『砕いてみてください。それによって、【潜る者】ダイバーは特別な【技能スキル】を取得します。レア・スキルです』


「レア・スキル……!」


 右手で掴んだ緑色の石に力を籠める。パリンという澄んだ音とともに、柔らかい緑色の光が僕の身体を包んだ。一瞬ののち、石は手元から消え、光は収まった。


 インフォメーションを見る。その左端にあった文字列には、新たな情報が加わっていた。


 迷宮深度:

 潜心:2

 潜技:2

 潜体:1


 【聖域】:1


『聖域、ですか。確か神聖魔法が発達した世界に存在する魔法ですね』


「神聖魔法……か。なんであの影獣エイジュウが持っていたんだろう」


遺物レリックは生前強い思い入れがあったモノ。恐らく、あの影獣エイジュウは高位な神官か、それに近い人物だったのでしょう』


「神官……そんな人でも影獣エイジュウになるのか」


『どんな者であれ、罪は犯します。たとえどんな理由があれども、罪は等しく罪です。強い憎しみを持てば、どんな善性の人物でも、罪は犯してしまうのです』


影獣エイジュウになってしまうほどの憎しみ、ね」


 さきほどの影獣エイジュウを思い出す。目を閉じる。どんな人だったのかは知る由もない。知ってはいけないだろう。ただ。


「使わせてもらう」


 僕は小さく呟いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



『1つ目の【技能スキル】がレア・スキルだとは、トオルは運がいいですね』


「いえ! 運などではありません! 特別優秀な支援精霊のおかげです!」


『特別優秀? そんな支援精霊がいるのですか?』


「はい! シリエル様は僕にとって掛け替えのない存在です! 役に立ちまくり! 偉い! 素敵!」


『あらあら、支援する【潜る者】ダイバーにそう言ってもらえるなんて光栄ですね。まだまだ言い足りないんじゃないんですか?』


「……もう三十分褒め称えてるんですが……」


『は?』


「うわーい、しりえるさんだいすきー」


 だいすきー。

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