第6話

 戦闘は思ったよりも呆気なく終了した。


 曲がり角から飛び出した僕は、影獣エイジュウに中剣を叩きつけるように振りかぶった。何も考える余裕はなかった。ただただ振りぬく。


 手に返ってきたのは、わずかな感触。


 床に激しく衝撃とともに影獣エイジュウが横たわる。胴体は、真っ二つに裂かれる寸前だった。血は流れていない。


 青白い炎が陽炎のように、影獣エイジュウを包み込む。深く裂けた傷から溶けるように消えていく。濁り切った白い瞳が、僕を見つめているような気がする。後ろ脚を含めた下半身が消える。やがて、瞳も上半身と共に消えていった。


 それだけだった。それが、その影獣エイジュウの最後だった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 しばらく呆けたように佇んでいた僕は、ピシャリと両頬を叩いた。


「……うし、メンタル回復するか」


 いつまでもウジウジしてられない。先は長いのだから。こんな調子では、いつまでたっても最深部には辿り着けない。気分を変えよう。こんな時は癒しだ。傷つきまくった僕の心を、ホンワカ暖まらせてくれる存在が必要だ。


「ヘイ、シリエルさん! リザルトです! 初回討伐ボーナスください!」


 あと偉かったねって可憐な声で褒めて欲しいです!


『戦闘開始までの判断が遅すぎます。もし、先ほどの影獣エイジュウが索敵に秀でたタイプであったのなら、トオルは飛び出す前に喉元を喰いつかれていましたよ』


「まさかの厳しい採点!?」


『剣を振りぬくのも感心しません。せっかくの奇襲だったのですから、二の手三の手に繋げるように、初手は細かい動きで相手の動きを奪うぐらいにすべきでした』


「……はい」


『このあたりの戦い方は、前にも言いましたが、事前に説明が行われていたはずです。【潜る者】ダイバーとしての基本講習に含まれる範囲です。トオルは何を聞いていたのですか』


 寝てました、と言ったらヤバいのは僕でも分かる。その後も、シリエルさんの採点は続いた。続きまくった。いつの間にか僕は正座でハイハイと首を垂れる下等生物と化していた。


『――反省点は以上です。次の戦闘では、これらの事を反映して、向上に努めてください』


「はい、ありがとうございます!」


『返事だけは合格点です』


 素敵な台詞ともにシリエルさんが頭の中から消えていく。五体投地なみに、頭を伏せていた僕は歯ぎしりと共に呟いた。


「おのれクリケット」


 あんな講習をうけさせたクリケットさんが悪い。逆恨みのようだが気のせいである。


『それと、トオル』


「はいいいいい!」


 次会ったら、どんな悪態ついてやろうかと考えていると、ふいに鈴の音のような声が響いてきた。ピンと背筋が伸びる。


『初めての戦い、お疲れ様でした。怪我もなく……良かったです』


 そんな言葉を残して。また存在が消えていった。


 ……正座を崩して、膝を抱え込むように座る。自然と、体が揺れていく。


「初回討伐ボーナス……最高じゃん」


 小さい笑いを押さえきれない。気分はとっくに変わっていた。

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