第4話

 一階は、これぞ迷宮といった風景だった。


 苔むした石壁と天井と石畳の床。経年劣化なのかなにかの衝撃だろうか、石畳の所々はひび割れていたり、石畳が剥がれてたりしている。


 そして、ここもまた光源が無い。なのに、よく見えるとまではいかないもののまるで照明があるかのように視界がきいている。


「不思議だなあ……」


 ペタペタと壁に手をついてみる。ゴツゴツした石の感触。ついでに持っていた中剣の柄で殴ってみる。パラリと砕けた欠片が、石畳に落ちる。拾って、欠片を指でつまんでみる。うん、普通の石みたいだ。


「さて……『最深部』や『階層』という言葉からして、次の階層への階段を探していくのが目的となるんだろうけども」


 辺りを見渡す。階段があったのは、左右に通路が伸びている場所で、どちらもしばらく行った先でT字路になっている。


「うーん、道に迷いそうだな……」


 ふと思いついて、インフォメーション・スワイプ。中央に表示された迷宮深度などの文字が邪魔だったので、手で横にどけるように動かすと何と文字も移動してくれた。このダイバーズウォッチ、ユーザーフレンドリーすぎる。


「さすダイ。ヘイ、シリエルさん。インフォメーションに落書きってできない?」


『落書き……ですか?』


「うん、マッピングしようかなと思って」


 迷宮探索に地図は欠かせない。ゲームでは、自分で地図を作成するのがポリシーです。


『なるほど……では、少々お待ちください』


 しばらく待っていると、視界の隅に羽ペンのようなアイコンが出てきた。


『地図作成機能をインフォメーションに追加しました。羽ペンのアイコンをタップしますと、地図作成の画面が表示されます』


「ふむふむ……タップ」


 羽ペンを押すと、いかにもな古ぼけた羊皮紙が現れた。もちろん、羊皮紙が実体化したのではなく、僕の目だけに見えるインフォメーションに。この羊皮紙のデザイン……シリエルさん分かってるな。趣味が合う。


『羊皮紙の中央が常にトオルの現在位置となります。太さや色を念じて、指を動かせば線が引かれます。今の階段位置を記入してみてください。ピンチアウト、ピンチインで拡大縮小ができます』


「うん、わかった。ええと、こんな感じに……良し」


 階段は目立つように、ちょい太めの青い線で階段のアイコンを書いてみた。ちなみに、消しゴムと思いながら指でなぞるとちゃんと消えてくれた。シリエルさん有能。


『では、どちらかの突き当りまで移動してみてください』


「地図開いてるインフォメーションは閉じた方がいい?」


『何が起きるか分かりませんし、閉じた方がよろしいかと』


「了解」


 僕の意志で、インフォメーションが消える。さすがに、目の前に地図が表示されたままでは動きづらい。


 適当に左方向に行くことに決めた。中剣を持つ手に力を籠めて、ゆっくりと移動する。


 何事もなく突き当りに到着。


『では、先ほどの地図を表示してください』


「ほいほい……これは!」


 先ほど記入した階段が、中央から右に少し離れた位置に表示されていた。これは、もしかして。


『階段と現在位置となる中央との距離は、実際の長さが反映されています。トオルの地図作成のお助けになれば』


「べんりすぎるー!!」


 僕は思わず叫んだ。手書きのマッピングは、地味に書くのが難しい。やってみれば分かるんだけど、アバウトな長さで書いていくと、絶対に変な形になるのだ。正確な地図には正確な距離が必須。最悪、歩数カウントしようかと思っていたくらいだった。これがあれば戦える。


「シリエルさん素敵! もともと高かった好感度爆上がり!」


『お褒め頂き光栄です』


 澄ました声だったけど、ちょっと照れくさそうなシリエルさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る