ドタくな土田くん

大市 ふたつ

第一節

夕日が差し込む美術室。

校舎の六階、窓際の席。

美術室特有のニスとアクリル絵の具の混ざった匂い。

流石に三年使うと、意識しないと匂いすら感じなかった。



「私さ、大学行くまで彼氏作らないから」

放課後、美術室で居残りしてた俺にそう話してきた

「...?」

初恋の人から、告白する前に振られました。

「え?」

取り繕えそうな言葉というには些か足りない。言うなれば、溜まり文句。

こぼれた一言以外、何も出なかった。

使い終わった真っ赤なパレットと、完成品であろう幾何学模様の仮面はどこか夢見心地な様に思える。

それは好きな人の作品だからか、小さい時から知っているから見える何かなのか。

それとも...



「あ〜。散った散った。うちに秘めることより先に散ったわ」

なんで…こんな…。

夕暮れの丘の上。ぱっと見レンガでできている壊れかけの休憩所…と言えなくはない、よく分からない建物にいた。

ほんのり感じる草の匂いと、冬の残り香のごとく当たってくる冷気。

最近のラノベのタイトルぐらい長い心境…

「確かにワンチャンあるとかさ、思ってた時もあったけど。小学校からの付き合いだし、自分で言うのもなんだけど...数少ない会話したことある女子で、受験勉強とか本の貸し借りする程度には仲よかった..から」

そんなことを呟いてもこのもやっとした気持ちが消えることはなかった。

お付き合いしたいと切に願ってた訳では無いのに、心残りが無いと言えば嘘になる。

が、結局のところ出てくるのは愚痴かため息か...


…どうにも夕暮れ時に1人丘の上で愚痴っているのがむず痒い。

さっきから冷や汗が冷たい。

「よし。帰って積みアニメ片付けよう」

もう一度空を見上げ、そのままよりゆっくりと丘を下り、揺蕩う雲を見上げたまま角を曲がった。

月が綺麗ですねが告白になるなら、空が綺麗ですねって言えば失恋なのかな?

告白の対義語は絶交か失恋か…今度、独身先生に聞いてみようかな。

「あ…」

立ち上がろうとした猫を踏んでしまった。

猫愛好家から『死して償え。それでも許さん』とで言われそうな事態ではあるが、今回ばかりは多めに見て貰えるのではないだろうか。

否。寧ろ..

「あの…こ…これはびっくりして、引っ掻いたりされるやつですか?」

返事はなかった。

「ごめんなさい。かつぶしやるので許してください」

ほら?猫ふんじゃったって、かつぶしあげたら解決してたし…確か…ね?

相手の機嫌を伺おうと、こっそりと横顔を覗くと、彼女の顔は真っ赤になっていて、気持ちばかり猫耳みたいな髪型になって(ry

「なるほど。猫ふんじゃったって言うのは...」

こんな状況な中、謎に頭の中では軽快な歌詞付き“猫ふんじゃった“が流れはじめる。

と同時に素早い動きをした掌が目の前にっ。

「あっ...ちょ!」

その日から三日間は頬のヒリヒリが治らなかった。

まさか、本当に引っ掻いてくるとは…

“真の世界平和とは、力では成しえないのだよ”

ちょっと偉そうな歴史の先生が、そげんこと言っていた気がするけん。

そげん言葉も今では物理的に沁みてくる。

じゃあ、何なら真の世界平和を成せるかと言う点では疑問が残るけど。

ん?きっとそれを成すのはパン…


というわけで、漸く現実が見えてきた次第ですが。ここで一つ整理しておこう。

要は、宝くじもびっくりの奇跡的な確率で

“猫“のマークが入ったパンツを履いている女子のスカートを“踏んじゃった“。

と同時に、彼女の立ち上がるという動作がシンクロした結果、スカートのファスナーが取れてしまい一大事となったということだ。

いや、ほんとに悪気はなかったのだ。

とは言っても、事実が消えることはない訳で。

ほら、物事ってよく見えない割に、確かにそこに存在しているという摩訶不思議な代物であるからして……。

ひとまず、目の前の猫様に誠心誠意謝ることで、その場をり...

「行かせないよ?」

「え? す…全てを込めた直角謝罪では足りませんでしたか?じゃあ、もう何かを晒すしか...」

びっくりした。いつも心の中で思ってることがスルッと言葉にでた。

それと同時に逃げるに逃げれない状況が何ともいえなかった。

「スカートの代わりと弁償金がないとなぁ〜」

「お…おいくら万円ほどでしょうか...」

「そうね。チャック買わなきゃだし、この格好で帰れるわけないし」

「あ…あのっ!でしたら、ズズズ..ズボン脱いで渡せばいいですか?ただ…半裸で、しかも下はちょっと...」

ん?僕は何を言ってるんだ?

壊れかけのスカートからスマホを取り出した彼女。

「…110番っと」

「ごめんさい。これでなんとか今日のところは..」

カバンからジャージの下を取り出し手渡す。

「まぁ...うん。ちょ、着替えるから後ろ向いてて」

「わ...わかりましたっ!」

あれ?会話できてる...それも、初対面のはずなのに..ん?


今日1日を思い返してみても

「赤い絵の具貸して?」

「ん」

「私、大学行くまで彼氏作らないから」

「え?」

「いやぁ〜なんとなく言っときたくて」

「そ...そう」

だった。大体30分一緒にいて俺の発言が3回それも5文字未満...

って、なんか思い出したくなかったこと思い出しちゃったな…

「どうしたんだい。急にフリーズしちゃって」

なぜか、すごいニヤけていた。

嘲笑してるのか?

「あ!ええっと、べ…弁償は今度でいいですか?今手元にお金なくて..」

「いいよー。 じゃあさルァインのIDとか電話番号とか、何でもいいから連絡坂教えてよ」

「はい?」

「電話番号なきゃ今度もらいに行くことも出来ないじゃない?それに、このジャージも返さなきゃだし」

「あ、でも携帯持ってないもんで、SNSとかやってなくて」

「はぁ?今時の高校生なら誰でも持ってるでしょ?頑なおじいちゃんじゃあるまいし...」

「いや、俺中学生です」

「ん? 冗談でしょ〜。中学生なわけがないっしょ」

「いや、まじっす。」

と言って生徒手帳の学校名を見せた。

「えっと...さなぎや中学校。ほんとじゃん。ってことはまだ少年なのかぁ」

「そうっすね卒業式まであと少しですけど、それまでは自分の携帯ないんですよ。なんで、家の電話でもいいですか?」

ってか、本当に中学卒業したらもらえるのか?クラスメイトの誰かがそんなこと言ってたからてっきりもらえるもんだとは思ってたけど…

「まぁいいけど。ていうかさ、弁償とかもいらないというか…」

「え?」

「別に悪気があったわけでもなさそうだし、それに中学生からお金を強請るのも...ね?」

「でも、壊しちゃったし...」

というか見ちゃったし

「それに、スカートに関しては自分で直すからさ」

「いやぁ..あの...」

「何?思い出し女子高生パンツでもしちゃった?」

「..してません」

思い出しパンツ!?

と心の中では思いつ話を逸らすことにした。

「というか最近の女子高生は心読めるんですか?」

「...え? キモッ」

「あ」

は、嵌められた!?迂闊だった…

「い…今のは聞かなかったことにしてください」

「図星だったかぁ」

「ととと、とりあえず家電教ますね」

「しょ・う・ね・ん?」

やっぱり会話は恐ろしい..本当に。その笑顔、他人が見たらただ可愛いだけだろうけど、状況から言って…ね?


それから、それなりに会話したのちに別れた。

大事なのでもう一度言おう。

会話して、別れた。

今思えば、よく女子高生と冗談まじりでの会話ができたなと思うも、もしかしたら女子高生にはコミュ力を上げさせる謎効果があるのかもしれないと思わされるほどだ。

というか、アニメで見たスカートの柄のおかげで、謎のスカート談義を展開していた。

制服に似ている柄のを見るとついつい同級生かと思ってドキッとするとか、普通に考えれば意味のない会話だろう。ただ、会話をするという行為。その一点においてだけいうのなら、意味を持つのかも知れない。やはり今日の僕。いや、俺は一味違う気がする。

というかスカートについて1時間語り合う男子中学生と女子高生の図とは...。

帰ろう。

橋を超え、土手を歩き、住宅街の裏路地を抜ける。

「そういや名前なんて言うんだろ?それに、すげぇ美人だった」

そんなことをふと思った。

どうせジャージ返して貰って、それに何かお詫びの品なりなんなりすればそれで終わり。

強いていうなら、女子高生と同じ服の匂いという一種の付加価値を入手できるわけではあるが...考えない方が身のためだろう。

そんなこんなで、今のところ人生史上最大の出来事があったわけだが…


この時彼はまだ、この先に待つ更なるすごい日の連続を知らなかった。


みたいなナレ入らないかなぁ…


「さぁ帰って積みアニメ消化じゃい!」


軽く夕食を済ませ、体育着を洗濯し

深夜0時半を少し過ぎた頃、見たいアニメが終わった時のこと。

プルルルルルル プルルルルルルル

「...ん?」

突然夜遅くに電話が鳴った

幸か不幸か父は職場、母は爆睡中

こんな夜遅くに電話て..

一瞬躊躇ったけど、こんな時間だ、余程の緊急かもしれないし、とりあえず出ることに。

「はい。土田です」

「おっ少年、土田って名前だったのか!」

「はいそうですが。っていうかその声...さっきの美人お姉さん?」

「へぇ〜そんな風に思ってくれてたんだ」

「...でなんのようですか?」

「ひ..じゃなくていつ返せばいか聞こうと思って」

「お姉さん..今何時だと思ってるんですか?0時過ぎっすよ?いくら暇だからって」

「別に暇だからじゃないよぉ。いやね...ゆう0時過ぎじゃん?」

「は?」

「そっか、中学生の少年には刺激の強い時間だったかぁ」

「べ..別にそんなことはないですよ?」

「ふぅ〜ん。ところでさ何してたん?」

「えっと...」

「なになに〜 言えないことかい?」

「アニメ見てたんすよ」

あっ……。

別に如何わしいことでもないけれども、年上でかつ今日話したばかりの異性に対してアニメって...

偏見と言うかなんというか..抵抗感を持っていた。

「え?もしかして歴レグ?」

「そ…そうっす。ってかよく知ってますね」

めっちゃびっくりした。まさか引かれるどころか作品名まで知っているとは

「知ってるっつうの。というかアニメ見てない女子高生は非リア充ぐらいだよ?」

「お姉さんリアルが充実してな...え?」

「いやね、アニメ見てないなんて非リヤと同義でしょ」

「そ..それもそうっすね!」

「強いて言うなら、更なるリア充のために宇宙人とか未来人、超能力者とか。

あとは、異世界人とか来てもいい頃だと思ってるんだけどねぇ」

「毎日、髪の結び目の数を変えるとか?」

「明日は火曜だからツインテールかな」

「あとは、自己紹介でド派手にいくだけ」

「その様子だと、結構ストライクゾーン広めのヲタク...いやドタクか?」

「いやいや、ドタクってなんすか」

「ドのつくヲタクと、少年の名前をかけてみたんだよ」

「な…なるほど…」

「ところで少年はさ、やっぱり異世界とか主人公ポジって憧れるものなの?」

「もちろんっすよ。そう言うお姉さんもやっぱり、ヒロインポジションに夢見るというか憧れるんすか?」

「そうねぇ〜。どっちかというと可愛い女の子とかかっこいい男の子を見るので満足だから、ヒロイン志望とかではないかな。でもでも、一度はアニメの世界には行って見たいとは思うかな」

「ほんとに。僕的にアニメって現実で見れる夢なんですよ。原作者の描く夢を楽しんだり共感したりするってのが魅力だと思うんですよね」

「そうそう。少年わかってるぅ〜。じゃさ、今期だと歴レグ以外何見てるの?」

「今期っすか?彩色とかはじめての魔法使いとかは欠かさず見てますね。それ以外だと..」

なんやかんやで1時間ぐらい話しただろうか。各々の推しについて語り、最近のおすすめラノベやらなんやら話したがすごくあっという間のように感じた。

今日の俺は一味違うぜ。と、調子に乗れそうなほどだ。

「あ、明日も学校じゃん。とりあえず少年よまた今度話そうじゃないか」

「そうっすね。結構楽しい会話だったっす。ではまた」

「うん。おやすみ〜」

いつぶりだろうか。いや初めてではないだろうか。母親以外の異性とおやすみだなんて言われたのは。

「寝るか」

歯を磨きをして、明日の用意もすっぽかし、とりあえずベットに入った。

「あれ?そういやお姉さんの名前聞いてなくね。まぁいいか。」

...羊を数える前には眠りについた。


いつぶりだろうか。ここまで、充足感に満たされてた感じて眠りに包まれたのは。

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