第11話 糸を巻き取るには
翌朝、外は大いに荒れていた。あと一日はまだ荒れるだろう。そう思いながら伸びをする。ああ、背中が痛い。猫脚がかわいいと思って購入した長椅子はやはり寝るのには適していない。
凝りに拘って購入したベッドはけが人に譲っているので仕方がないけど、ふかふかのベッドが恋しい。
紫煙を吐き出して過剰な魔力を強制的に外に出す。全身の違和感が収まってきた。もし、これを取り上げられたら私は全身から血を流しながら苦しんでいくことになるのだろう。それはとても恐ろしいことだ。
いつもは起きてから畑の様子を見に行っているけど、今日は外に出ることもままならないので、昨日の夜の続きを午前中に済ましてしまおうかと今日の予定を思い浮かべる。
やはり先に治療をしてしまったほうがいいだろう。隣の部屋に行き様子を伺いみる。相変わらず苦悶の表情で横になっていた。
額に手を当て痛みをとってあげる。ないものねだりという言葉は浮かんできた。魔力が無いために苦しめられている目の前の人物。魔力が多すぎて放置すれば苦しんでいく私。
魔力なんて無ければいいのにと思ったこともあった。けれど、魔力がなければこの世界は生きていけない。ままならないものだ。
表情が穏やかになり、黒く濁った目が私を見た。
「貴女の魔力は優しいな」
いきなり何を言い出したのだろう。寝ぼけているのだろうか。
「おかげで正気で居られる時間が長く感じる」
ん?正気でいられる?もしかして、呪いの影響が色々出ているということか。
「そう。それは良かった。腕の治療はいつがいい?」
「いつでもいい」
「なら、一時間後で」
そう言って額から手を離し、準備をするために部屋を出ようとすると
「あっ」
と声を掛けられた。
「何?」
「もう少しだけ続けて貰えないだろうか」
黒く濁った目の中の琥珀色をした瞳をウロウロさせながら言ってきた。
治癒の魔術を掛けて欲しいということなのだろうか。しかし、これは彼にとっては痛みを取るだけで意味が無いものなのに。
煙を吐き、再び額に手を当て治癒の魔術を施す。
「これは今の剣士さんには意味の無いものだと思うけど?ただ、痛みを取るだけにしかならないと思うけど?」
「それだけでも俺にとっては十分意味がある。苦しみがない世界があるのだと思うことができる」
「そうね」
そうね。痛みから解放されたあの瞬間は、安堵と共に生きていると実感ができた。まぁ、その時の私は血の海の中だったけれど。
少しそのままで居ると寝息が聞こえてきた。治療は少しあとにしょうと思い、彼の周りに治癒の陣を展開させる。
これは複数の人を回復させるのに使うもので、陣を展開して魔力を供給し続けていれば、常時回復していくという優れものだ。ただ、魔力の消費量は馬鹿にならない。まぁ、私には些細なことだけれども。
寝室を出て、最近、私のベッドとなっている長椅子に座り、亜空間から糸車と中途半端な紬糸を取り出し、ローテーブルの上に出す。光の加減で黒にも青にも見える糸だ。
糸車を魔力で回し始める。糸車の先には普通は綿花などがあるはずだかそこには二匹の蜘蛛が居るのみ。黒い蜘蛛とサファイアのように青い蜘蛛。これも魔物の一種だ。ただ、この蜘蛛の出す糸で作るスパイダーシルクはとても美しく丈夫なのだ。下手なフルプレートアーマーよりも丈夫だったりする。ただの剣ごときでは斬ることはできない程の丈夫さだ。
この蜘蛛たちは私の魔力を食べて糸を出す。黒い蜘蛛からは黒い糸が、青い蜘蛛からは青い糸が出されそれを糸車で縒り糸を作り出し、巻き取って行く。
因みにこの蜘蛛たちは私の魔力の乗った歌が好きらしい。だから、アニソンを口ずさむ。黒い蜘蛛は初々しい青春の歌が好みらしく、ノリノリで踊りだす。青い蜘蛛はバラードがお好みのようだ。この様な魔物でも好みが分かれるなんて本当に面白い。
コレぐらいあれば十分かと思い、糸をテーブルの上に置き顔をあげると······あれ?目の前の一人掛けの椅子に赤い髪の人物が座っている。
寝ていたはずではと壁に掛かっている時計を確認してみればお昼を回っていた。集中していて全く気が付かなかった。
「声を掛けてくれればよかったのに」
ここまで来たということは普通に歩けたということなのだろう。いつの間にか左腕を固定していた包帯も取っている。まぁあれだけちょくちょく治癒の魔術を掛けていれば再生力の遅い骨でもくっつくものなんだろう。勝手にとって何かあってもそこまで面倒は見きれない。
「歌が聞きたかったから」
歌······アニソンなんだけど。人様に聞かせる歌ではないんだけど。バラード風に歌っていても歌詞が『このクソ豚野郎地獄に落ちろ』とか言っていたのだけど、日本語で。
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