第12話 それはただのゴミ
「そう、人に聞かせる歌では無かったのだけど。それで、先に治療したほうがいい?」
「いや、どちらでも。やることがあるのなら済ませてからでいい」
今、きりが良いといえば良いが、中途半端と言えば中途半端だ。後もう少しで終わるし、彼が目の前にいるのならそれもいい。
「それなら、治療はもう少しあとでいい?」
返事を待たずに左手を掲げ、陣を展開する。そこから金糸のような髪がふわりと舞い出てきた。徐々に姿が顕わになる。
透き通るような白い肌に金塊を溶かしたような目、花びらのような可愛らしい唇。背中には金色の粉を振りまいている緑がかった透明な羽。白く虹色の光を反射している美しいドレスを纏った女王のような風格を持った妖精。フェーリトゥールと言う名の妖精だ。
『銀の久しいのぅ』
鈴のような美しい声が部屋を満たした。今まで嵐の打ち付ける音が響いていたというのにそれが一切聞こえず、ただ、涼やかな声だけが響いていた。
「ええ、今日はコレをお願いしたい。着るのはそこにいる人」
私は左手に先程紬いだ糸を差し出し、
『ほう。ほう。これはまた、変わった人族じゃ。いや、人なのか?これはなんじゃ?』
私の方に向かれて問われても、人の有無を問われても困る。
『レリーの葉はあるかのう?グラッセルの枝とメリアの魔石もじゃ』
フェーリトゥールに言われた物は亜空間収納の中に全てある。言われた物をローテーブルの上に出していく。
『良き良き。次はそなたの魔力じゃ。あれが良いのぅ。』
あれ·······アニソンのリクエストいただきました。はいはい。彼女は見た目と違ってヒーロー物のアニソンを好んでリクエストされる。
『ランララン♪で始まるやつじゃ!』
「ぐふっ」
それはセリフがあるめっちゃ恥ずかしい曲。仲間を鼓舞するセリフを口ずさんでしまった為に歌わされた曲。恥ずかしいから一度しか歌ったことが無かったはず。なぜ、覚えているのだろう。
『こちらの準備は良いぞ。始めるのじゃ』
「はぁ。」
紫煙と共にため息も漏れてしまった。言葉に魔力を込める。
「『では、始めます』」
私の歌声と共に先程紬いた糸が舞い踊る。フェーリトゥールが糸から布を織って形を作って行く。私の巫山戯たバックサウンドがなければとても神秘的な光景だ。
光り輝く鱗粉が辺りを舞い、布地に降り注いでいく。そこに先程出すように言われたレリーの葉が、グラッセルの枝が、メリアの魔石が溶け込んでいく。
一曲が終わると同時に一着の衣服が出来上がった。貴重なスパイダーシルクを元に妖精の祝福が施された·····えー。なんか騎士の軍服っぽい物が出来上がっている。
確かに形のリクエストはしなかったけれど、軍服かぁ。似合いそうだけど、黒っぽい軍服に黒く濁った目に皮膚に鱗の紋様ってを持つ彼が着れば、悪どくなりそう。
いや、それは彼の見た目の問題だからこの際フェーリトゥールの好意は素直に受け取るべきだ。
「それ、私が壊してしまったフルプレートアーマーの代わり。普通の鎧より丈夫だし、妖精の祝福もされているから、その呪いを少しでも抑えられると思う」
フェーリトゥールから衣服を受け取った彼は困惑の表情をしている。もしかして見た目が普通の布と変わらなそうだから、丈夫と言われて困惑しているのだろうか。
「これを俺の鎧の代わりと言われても」
やっぱり。
「これはただで貰うべきものじゃない。これ国宝級と言われてもおかしくないものだよな」
ん?国宝級?
「それも妖精女王の祝福って普通はありえない」
ありえない?
「私、普通に着ているけど?フェーリトゥールとは友達だし、作ってくれるなら着なければもったいない」
『そうなのじゃ。せっかく作ったのに着てくれないともったいないのじゃ』
そう言って、フェーリトゥールは彼の前で腰に手を当てて飛んでいる。
彼は俯いて何やらブツブツと言っている。これで聖女じゃないと言うなら聖女なんて存在しないのではないか、なんて聞こえた。
私、神の御業なんて使えないから聖女と名乗るべき者じゃないのは事実。
「フェーリトゥール。ありがとう」
『よいよい。我とそなたの仲じゃ』
フェーリトゥールはくるりと振り向き美しいドレスを軽く持ち腰を落としてニコリと笑う。そして、そのままふわりと消えた。
すると、今まで聞こえていなかった雨風の窓を叩く音が部屋を満たしていく。
私は長椅子から立ち上がり、彼に向かって言う。
「もし、それをいらないと言うなら捨ててあげますよ。着ないというならそれはただのゴミ」
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