第8話 美味しいでしょ?
結果的には左足は再生した。苦痛を伴う治療にも関わらず、顔を歪めるだけで彼は耐えきった。
「違和感はあると思う。人によって痺れているとか、鉛のようだとか感じるらしい。数日で違和感はとれるけど、1ヶ月は無理をしないで欲しい。剣を振り回すとか走り込みをした馬鹿の手足はポロリと落ちていた。だから、定着するまで過度な運動はしない。わかった?」
これだけ脅せば無理なことをしないだろう。あと、定着させるのに自分の魔力を過度に流した馬鹿の腕は腐って落ちたことは伝えなくてもいいか。
なんせ目の前の人物は自分自身の魔力を持っていないのだから。
「ああ、歩くのはいいのか?」
「違和感が取れたらいい」
「特に違和感はない」
え?そうなの?自分自身の魔力が無いから反発する要素がない?
「それはいいのか分からないけど、今日一日は動かさないで欲しい」
「わかった」
返事を聞いて私は寝室を出た。そして、長椅子に向かって崩れ落ちる。私は何ていう者を拾ってしまったのだ。
彼は無魔力者だ。私の魔力過剰と正反対の先天性の疾患だ。この病も普通なら赤子の時に命を落としてしまう。
この世界には魔素と言うものが存在している。場所によって濃い薄いはあるが、世界中どこにいても魔素は存在している。魔素は普通なら何も影響はないが濃い場所に行くと体調を崩す者がいたりする。それは魔素が体を蝕んでしまったからだ。この場合、魔素は毒素と言い換えてもいい。
この世界で生きている者は魔力を持つことで魔素から身を守っているいるのだ。その魔力がないと言うことは、魔素から身を守るすべがないことを示す。
この病は私の魔力過多症と違い対処療法も薬も存在しない。それはこの病に対して研究がされていないからだ。なぜなら権力者の子にはみられず、平民という地位の低い者たちに見られることが多いのだ。だから、放置され続けている。
しかし、彼は未だに生きている。はぁ。これは本人に確認してみないと確証を得られない。
更に雨風が酷くなってきた。雷鳴も鳴り響いている。ああ、畑が心配だ。外を見るが窓から見えるのは雨粒と風によって飛ばされた木の葉のみ。外は暗く闇に満ちていた。
トレイに乗せた夕食を持って寝室にはいる。ベッドの方に視線を向けると眠っているのだろうか入り口からは布団に埋もれて姿は見えない。
近づいて行きベッドの側にある文机にトレイを置き、様子を伺い見る。相変わらず苦痛の表情を表しながら寝ている。よくそれでも寝られるものだ。私は苦痛に苛まれた3日間はまともに寝られなかったというのに。
苦悶の表情をしている額に手を当て、治癒の魔術をかける。無くなったモノが治るわけでもなく、呪いが解けるわけではない。ただ痛みが無くなるだけの気休め。
表情が穏やかになり、目が開いた。起こしてしまった。余計なことをしてしまったのかもしれない。
「起こしてしまった?寝られるようなら寝ておいたほうがいい」
私の言葉に視線を上げ、目を私に向ける。この黒く濁った目は何を映しているのだろう。普通に見えているのだろうか。
「いや、寝ていなかったから構わない」
あ、やはり寝ていなかったのか。寝られるはずもないかと、紫煙を吐き出す。
「スープを持ってきたけど、どうする?明日、手の方の治療するならその前後は食事を取ることは勧められない。食べれるようなら今食べた方がいい」
そう、治療前後に食事をした者は一様に戻した。キラキラモザイクを掛けて欲しいほどの悲惨な状況で治療を続けたのは、今ではいい思い出だ。出来れば二度と体験したくない。
「わかった。食べる」
「そう」
体を起こさせ、クッションを背に置き、トレイを膝の上に置き、スープ皿を持ってスープをすくったスプーンを掲げる。
「・・・」
目の前の人物はスプーンと私を交互に見る。なぜそんな目で見る。右腕が無く左腕も折れているのにどうやって食べる気だったのか。
己の腕の状態を確認して諦めたのか、恐る恐るスプーンに口をつける。毒なんて入っていないし。
「・・・おいしい」
「そう、良かった。ドラゴンの出汁がよく出てるから美味しくて当然なんだけど」
私の言葉に目の前の人物はピシャーンと雷にでも打たれたかの様に固まった。ん?どうしたのだろう。
今日の夕食は朝からドラゴンの肉にしようと決めていたからスープもドラゴンの骨と肉で取った出汁のスープにしたのに。半日コトコト煮込んで作ったスープに何か問題でもあったのだろうか。
「ド、ドラゴン?」
「そう、ドラゴンのスープ。美味しいでしょ?」
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