第7話 毒じゃない

 迷いに迷ってオークキングの肉でトンカツを作って食べた。美味しかった。

 お肉は腐るほどある。正確には亜空間収納にこの20年間溜めに溜め込んだ魔物の肉が入っている。


 そう言えばあの人物は目覚めただろうか。一応確認を取らなければならないことがあるから、話せる状態まで回復してくれていた方がありがたい。


 隣の寝室の扉を開けると、ベッドの上で大人しくしているようだが、無い右手を掲げていた。失ってしまった事実でも確認しているのだろうか。


「失った手足を元に戻したい?」


 そう問いかけながら近づいて行く。私の言葉を聞いて私の方に顔を向けた。


「治るのか?」


 かすれた低い声が響いた。相変わらず黒く濁った目を向けてくる。


「剣士さん次第ね。」


 そう言って私は枕元に置いてあった椅子に座り、煙管キセルを取り出して火をつける。

 目の前の人物の皮膚に絡みつく黒い鱗も相変わらず蠢いている。

 その様相に目を細め、紫煙を吐く。


「治るのは元の通りに治るけど、組織を無理やり作り出すからとても痛いらしい。一度、治療中に殺してくれとまで言われた事があったぐらい」


 これは本当の話。あのときは患者がとても暴れて、最終的には気絶させたれていたほどだった。


「どうする?」


「頼む。治してくれ」


 普通はその選択をするよね。さて、その場合は拘束させてもらわないと困る。


「そう、ではどちらから治す?右手と左足」


 一度には無理。私の魔術がというより、患者の方が耐えられない。


「両方で」


 うーん。それは駄目。早く治したいのだろうけど、体の方が拒否反応を示してしまう。


「剣士さん。まずはどちらか。この魔術は患者側の負担が大きいから、一日一箇所にとどめておかないと死ぬよ」


「足の方で」


 そう来たか。てっきり右手が先にと言われるかと思ったけど、私に抱えられたことがよっぽど嫌だったのだろう。


「そう、じゃ準備をしてくる」


 私は立ち上がり部屋を出ようとしたところで、呼び止められてしまった。


「何故、俺を助けた」


 私は振り返りベッドの上で動けない人物を視界に捉える。何故助けたか。勘違いから始まったことだけど、やはり一番の理由は彼に纏わりついている禍々しい呪いだ。

 だから私は煙管キセルでその黒い禍々しい呪いを指し示す。


「それ。剣士さんから解放されれば何処に行くのかな?周りに撒き散らすのでしょ?ここに住む者としては助ける以外の選択肢はないってわけ」


 そう言って私は扉を閉めた。きっと彼は生きることを望みながらも、死を望んでしまっているのだろう。




 雨風が窓を殴りつけるように激しく荒れ出した。黒いドラゴンの言うように、夜を待たずに嵐となった。この時期の嵐はいつも甚大な被害をもたらしている。しかし、今の私には関係のないこと。


「嵐か?」


 体を起こしたベッドの上の住人が聞いてきた。私は紫煙を吐きながら答える。


「そう、3日は荒れる。この水を全部飲んでもらえる?中身は痛み止め。少し頭がフワフワすると思うけど、痛みが全部無くなる物じゃない」


 その彼にコップ一杯に入った透明の見た目は水のような液体を口元に持っていくが、眉間にシワが寄っている。飲むのが嫌なのだろうか。


「何?少し苦いけど、毒じゃない」


 何故か諦めたような顔をして、コップに口をつけた。一般的に使われている薬草しか使っていないのに、そこまで嫌そうな顔をしないで欲しい。


 飲み終わったコップを横に置き、横に寝かす。ベッドに横になった人物に軽く魔力を纏わす。暴れたらすぐに拘束するためだ。


「時間的には1時間ほど治療にかかる。という事は激痛がそれだけ続くということ。一度治療を始めてしまったら止めることはできないから、暴れたら拘束させてもらうから」


「ああ、かまわない」


 本当にわかっているのだろうか。何人も治療してきて苦痛に耐えられた者などいなかった。いや、私自身が一人で治療に当るのが怖いのだ。本当に一人で対応できるのか不安で仕方がない。


 けれど、それを面に出すのは駄目だ。煙管キセルを咥え、大きく呼吸をする。


「『彼の者の失えし姿を在りし日の姿に』」


 この術はとても神経を使う。患部の細胞を強制的に再生させるのだ。相手の魔力も消費し骨を作り、神経、血管、筋細胞、皮膚組織を順次作っていく。もし、この作業を私の魔力で細胞を作ると拒否反応が出て形をなさないのだ。だから、相手の魔力も引っ張り出す。これも苦痛を伴うらしい。


 私は横目で相手の状態を確認しながら、左足に術を構築していく·····あれ?おかしい。なにこれ。

 私の背中に冷や汗が流れる。今さら術を止めることはできない。徐々に再生は始まっている。始まっているのだが、これはどうすればいいのだろう。

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