第4話
先生、もしくは極東の誰かへ。
先生、あなたの不出来な弟子のその後を話そうと思う。
私のことなんかとっくに見限ってしまっているのかもしれないけど、それでもまだ私のことを弟子だと思ってくれているのなら、どうか……
帰る家ももうなくなってしまったけれど、せめて一目でいいからあなたの無事を確認したい。
……一晩、ヴァレーリ家で世話になった私は、シアン・ヴァレーリ・アウイナイトや屋敷の使用人の人達にたくさんお礼を言ってから屋敷を出た。
一人でいいって言ったんだけど、念のためって言われて護衛の人が一人ついてきてくれた。
すごい強そうな女の人、名前は聞いていないけど多分ダイヤ族の人だと思う。
それで特になにも話さず家に向かっていたら、なんだか騒がしくて、遠くに黒い煙が……
……火は、消された後だった。
でも、なんにも残っていなかった。
家があったところには、真っ黒に焦げた何かの残骸しかなかった。
そこそこ規模の大きい火事だったらしくて、人もいっぱい死んじゃったんだって。
お隣さんの息子さんも死んじゃったし、レストランの老夫婦も……
他にも何人か……
私達の家からは、人間の遺体は見つからなかったらしい。
だから先生。私はあなたが生きてるって信じてる、私がいない間に帰ってきてて、あなたが焼け死んだとは思っていない。
……これは後になって知ったり考えたことで、あの時は真っ黒に焼けた家だったものの前で私はただ訳もわからず泣き叫ぶことしか出来なかった。
だって、やっと帰ってこられたのに。
護衛のお姉さんは、私をなんとか落ち着かせようとしてくれたらしいんだけど、私があまりにも泣き喚きながら暴れるものだから首にストンと手刀を入れて私を気絶させたらしい。
全部覚えてないけど、そう話された。
目が覚めると私はヴァレーリ家の屋敷のあの部屋のベッドに寝かされていた。
飛び起きると、すぐ近くから声が聞こえた。
声の主はシアン・ヴァレーリ・アウイナイトだった。
大丈夫か、と聞かれた。
その直後に真っ黒に焼け崩れた家を思い出して、私は泣いてしまった。
シアン・ヴァレーリ・アウイナイトは、私の涙が枯れるまでそばにいた。
ただそこにいてくれた。
涙が枯れて、少しだけ落ち着きを取り戻した私に彼は「これからどうするつもりだ」と問いかけてきた。
家には帰れない、私にはもうなにも残っていない。
それでも、なにもできないとは思いたくなかった。
だって私は先生の弟子だから。
奴隷ではなくあなたの弟子として生きたかったから、何もできないだなんて悲観している暇はない。
だから涙を拭ってこう答えた、先生を探しに行くと。
どうやってと聞かれた、不甲斐ないことにすぐに答えられなかった。
聞き込みは失敗している、いやでも範囲を広げれば、でもその間どうやって生きればいい路上暮らしか?
娼婦の真似事をすれば日銭は稼げるかもだけどヤキツケだからと言ってやり捨てられそうだし、そもそも身体を売ろうとするなと散々言われてきたしそう約束したのにそれを破るのか?
とか色々と考え込んで、さてどうすればいいかと途方に暮れかけた時に、シアン・ヴァレーリ・アウイナイトは私にこう言った。
お前をうちで雇ってやる、って。
意味がわからなかった。
だって私は奴隷だ、人間として育てられたけど、このへんてこな色は私が奴隷である証。
そんな私を雇うだって? 街を牛耳るマフィアの次期ボス様が? ご冗談をと思ったよ。
それでもどうやら本気らしいし、先生探しまで手伝ってくれるとも言ってきたので、正気を疑った。
でなければ何か裏がある、それもきっと最悪なのが。
なんでそこまでしてくれるんだって聞いてみると、この状態の小娘を一人ほっぽりだすのはどうかと思ったから、って答えられた。
奴隷が一匹どうにかなったところでお偉いさんはなんとも思わないくせに、って思わず言ってしまった。
そしたら、その通りではあるが一度助けた女が翌朝凄惨な死体として発見されるのは目覚めが悪いって。
だから、先生が帰ってくるまではここで働かせてやるって。
それともその見た目の通り奴隷として地べたを這いずり回り犯され惨殺されるのが望みか、とまで言われた、さすがにひどくない?
でもそこまでしてあっちが私を雇う気なら……それで先生も探してくれるというのならもうこれからよろしくお願いしますとしか言いようがない。
……と、言うわけであなたの不詳の弟子は現在、ヴァレーリ家の使用人として働いている。
一体何をさせられるのかと思っていたけれど、基本的な仕事は屋敷の掃除だ。
普通の掃除だ、箒とかモップとか雑巾とかそう言う道具を使った普通のお掃除、人殺しとか死体の片付けとかそういうのはやらされていない。
今のところは、だけど。
とにかく、私は無事だ。
先生の手がかりはまだ見つかっていないけど、きっといつかまた会えると信じてる。
だから『一人で何を話しているの?』
『やっと会えたわね、わたしのかわいいヤキツケちゃん』
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