第2話

 先生、もしくは極東の誰か、お元気でしょうか。

 私こと渡辺宙は、なんとびっくり元気です。

 ……あの後、何があったか話そうと思う。

 あのオークション会場は謎の蛍光ピンクの少女によって襲撃され、主催者と客は全滅した。

 人間の生存者は商品であった私だけ。

 ……そう、私は生き残った。

 あの蛍光ピンクは私を殺さなかった。

 あの蛍光ピンクが今どこにいるのか、そもそも何者なのかも私は知らない。

 と、いうのもあの蛍光ピンクが私のことを気に入ったとかどうこう言っているあたりで、私は気絶してしまったんだ。

 血の臭いとか、死への恐怖とかが原因だったのだと思う。

 気がついたら翌日の夕方になっていて、見知らぬ部屋のベッドで寝かせられていた。

 意味がわからず混乱していたら、知らない女がやってきた。

 それで身体の具合を聞かれた、特になんともなかったのでそう答えた。

 その時になって自分が見覚えのないやけに上質な服を着ていたことに気付いた。

 服はその女が私に着せたらしい、本当かどうかは知らないけどそう聞かされた。

 その後、何も問題がないのならばと何も説明されないまま私は別の部屋に連れて行かれた。

 せめてここがどこなのかくらいは教えてくれと言ったけど、女は「すぐにわかりますよ」と何も話してくれなかった。

 部屋の外は広かった、そこが普通の家ではなくどうやら屋敷と呼ばれるような類の建物なのではないかと思って、さらに混乱した。

 少し歩いて、女はある部屋の前で立ち止まった。

 女が扉を叩くと「入れ」という声が。

 「失礼します」と言ってから女は部屋の扉を開けた。

 中には男が数人と、青い髪の少年がいた。

 青い髪の少年が、私の顔を見て「やっと目を覚ましたのか」と不機嫌顔で言ってきた。

 その青い髪の少年はシアン・ヴァレーリ・アウイナイトと名乗った。

 その名前は私でも知っている、この辺りを牛耳ってるマフィア、えーっと、極東でいうところのヤクザとか極道に近い組織のボス……組長的存在の一人息子だ。

 つまりは次期組長。

 何故そんなやばい奴が私を? と意味がわからず首を傾げている私に次期組長は次のように語った。

 曰く、私が捕らえられていた闇オークション会場に出品されていた変な虎はヴァレーリ家から拐われたペットだった。

 曰く、例の闇オークションは目に余る悪業を行っていたため、粛清対象だった。そのためペットを取り戻すためにも襲撃した。

 曰く、なので主催者だけでなく顧客も全員皆殺しにした。

 曰く、私だけが見逃されたのは私が純然な被害者だったから。

 曰く、私が奴隷であることは明白だが、私は気絶していたし会場から私の正体を知るための手がかりも発見されなかったため、目を覚ますまで保護することになった。

 話をかいつまむと大体こんな感じだった。

 一通り説明を受けた後、私は一度深々と礼をしてから自分の素性を素直に話した。

 見た通り奴隷であること、今まで極東人である渡辺菜摘の弟子として生きてきたこと。

 先生がいなくなった後に奴隷商人に拐われて、あのオークション会場に出品されたことも。

 全て話した後、私は家に帰りたいと言った。

 先生が帰っているかもしれないし、帰っていないとしても私はあの家で先生の帰りを待ちたかった。

 蜻蛉玉なら、私も一応作れるから。

 あー、えっと極東の方へ、先生は鬼の研究のために大陸にやってきたんだけど、お金を稼ぐために蜻蛉玉を売って生計を立ててるんだ。

 極東の伝統工芸って事で、結構人気があって……生活は安定してた。

 私も作り方を教わっていて……先生に比べると全然ダメだけど……

 それでも、私一人でなんとかなる見込みはあると思ってる。

 先生が作っていた在庫もまだあるし。

 だから今すぐにでも帰りたかった。

 それでも、助けてもらった恩は返さなければならない。

 というかマフィア相手に借りっぱなし状態というのも怖かった。

 だから、私を助けてもらった見返りに、私は何をすればいいのかと聞いた。

 シアン・ヴァレーリ・アウイナイトは首を横に振って「何もしなくていい」と。

 しかし、と私が言うと、お前一人をどうにかしたところで大した損害も利益もない、だから何もするなと言い切られてしまった。

 それならばもう帰ります、と言ったら何故か引き止められた。

 半日以上気を失っていた状態だから今日一日くらいはこの屋敷で安静にしていろ、それにもうすぐ日が暮れるから危ないって。

 そういうわけなのでちょっと怖いけどお言葉に甘えて今日一日だけ世話になることにした。

 さっきやたらと豪華な夕食をデザート付きでいただいたのだけど、後でお金請求されたらどうしようってすごい心配してる。

 夕食の後、気絶している間に寝かせられていた部屋に戻されたので、これを聞いているかもしれない誰かに報告をすることにした。

 先生、もしくは極東の誰か、私はなんとか生きています。

 明日はうちに帰るから、先生は早く帰ってきて。

 家に帰ったら先生を探す準備をしなきゃ……聞き込みじゃ手掛かり一個も掴めなかったから、次はどうすれば……

 ……そういえばあの謎の蛍光ピンクに関してだけど、彼女にも助けてくれた礼がしたいと言ったら何故かすごい不穏な空気になった。

 事情が読めなかったので彼女は一体何者なのかと聞いてみると、シアン・ヴァレーリ・アウイナイトは長い沈黙の後に「あれは我が一族の汚点だ」とだけ言ってそれきりだった。

 なんかあんまり突っ込まないほうが良さそうな雰囲気だったので結局あの謎の蛍光ピンクに関してそれ以上はなにも聞けなかった。

 なんか不穏で怖いし不気味だけど、多分これ、知らないほうがいいんだろうな。

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