蒸着水晶と夜の女王

朝霧

第1話

 この声が我が師である渡辺菜摘か、極東の地に存在する誰かに届くことを祈って話を始めようと思う。

 師から預かったこの……なんだかよくわからない首輪型の機械の仕組みは一切わからないけど、先生曰くこれを使えば遠くにいる誰かに声を届けることができるらしい。

 どういう仕組みかはさっぱりわからないし、誰にもこの声が届かない可能性の方がきっと高いと思うのだけど、それでも私は僅かな可能性に賭けようと思う。

 それでは一度自己紹介を。

 我が師に届いているのであれば不要だと思うけど、もしも遠く離れた東の地、極東に届いていた場合のために念のため。

 私の名前は渡辺宙、大陸風に名乗るとソラ・ワタナベ・クォーツになるけど、基本は渡辺宙で通している。

 師の名は渡辺菜摘、極東の地にてかつて鬼殺しとして活躍し、そして鬼の研究のために大陸に渡った女武者。

 大陸に名乗るとするとナツミ・ワタナベ・ヘンミライトになるらしいけどそう名乗っているところは一度も見たことがない。

 先生、もしくは極東の方、どうか助けてください。

 先生が行方不明になったせいで私また奴隷として売り飛ばされそうなんだけど。

 ほんともう早よ助けて、つーか先生どこ行ったの。

 私今ね、闇オークション会場の檻の中にいるの、しかも真っ裸、視線が痛くてうざくて気持ち悪いの。

 確かに私は奴隷として生み出されたわけだけど、四つの頃から十年間先生のところで真っ当な人間として生きてきた小娘にこの状況はものすごく辛い。

 この首輪以外の持ち物も全部取られちゃった、この首輪だけはどうしても外せなかったからそのままになってるけど。

 先生からもらった蜻蛉玉、取られちゃった……ごめんなさい。

 あ、まって今一番最初の商品がとうとう競りにかけられ始めた。

 私はねえ、トリだから最後なんだって。

 ヤキツケはそこまで希少価値ないんだけど、この歳まで生娘のヤキツケは珍しいからだってさ。

 あ、極東の方に説明するとヤキツケってのは生まれた直後に焼き付けっていう特殊な加工というか改造をされた人間のことを指すよ。

 ちなみに焼き付けの成功確率は三割くらいで、失敗しすると死んで使い物にならなくなるから廃棄されるんだってさ。

 私は元々普通のクォーツ族、極東風にいうと水晶族なんだけど、ヤキツケにされたせいで目と髪の色が変な光沢のある青と紫になりましたとさ。

 ちなみにこの色に加工された奴はコスモオーラって呼ばれてる。

 焼き付けでは他にもいろんな色に加工できるんだけど、基本的に変な色だから観賞用の奴隷として裏世界に流通してるよ。

 観賞用の奴隷だから大体変態にお買い上げされて……雄でも雌でもそういうことをされることがほとんどらしい。

 けど私は運がいいことに脚の悪い先生の使いっ走りとしてお買い上げされたから、一度もそういう目には会ったことがない。

 極東の方、聞いてください。

 先生はいい人なんです、私の恩人なんです。

 あの人はただの観賞用の奴隷をただの使いっ走りとして、弟子として買うことで助けてくれたんです。

 宙という名前だけでなく、渡辺という苗字までくれたんです。

 極東に帰ったら、お前を娘として紹介するとまで言ってくれたんです……

 だからどうか、あの人がもし私よりも酷い目にあっているのなら、どうかあの人を先に助けてください。

 ……特にそういうのもなくただの気まぐれで一人旅に出たとかだったら覚悟しとけよ先生、顔面を思い切りぶん殴ってやる、つか早よ助けて。

 あ、今最初の商品が競り落とされた。

 金額聞いてなかったけど出されてたのは竜の幼体だったのはここからでも見える。

 今回、奴隷は私一人だけっぽい、少なくとも人の形をした生物は私だけだ。

 他はなんか変な虎とかでっかくて綺麗な鳥とか……あれなんだろ……くらげ……?

 ……奴等からしたら私は人間ですらないわけか、そりゃあそうだ。

 私はどう足掻いたって奴隷なんだ、奴隷として生産された家畜。

 今まで人間扱いされてきた十年間が異常だったんだ。

 先生、先生、早く助けて。

 怖い……いや……もうあんな目にはあいたくない。

 手が……男の人が……顔、殴ってきて、押さえつけられて……服、脱がされて……

 それで、確認だ、って笑いながら……

 せんせい、どうしていなくなったの?

 わたしのことすてたの? どれいはもういらない?

 わたしのこと、だいじだっていったのはうそ? にんげんだっていってくれたのもうそ?

 ねえ、先生……早く助けてよ……!!

 ……ああ、檻の外が煩い。

 わけのわからない事を喚くなって檻を叩かれた。

 大陸の人間には極東語はわからない、だから不気味に思われたらしい。

 多分気が狂ったと思われてる、別にいいけどどうだって。

 今度の競りは鳥みたいだ、さっきの竜よりも盛り上がってる気がする。

 …………え?

 なんか今すごいおっきな音がして……天井、崩れた……?

 よく晴れた夜空と満月になった白月と三日月になった黒月が見えるのは幻覚だったりする?

 なに……あれ?

 崩れた天井からなんか人が……赤っていうか、蛍光ピンクというかオレンジっぽい色の女の子が。

 まって、まってまってまってまって。

 せ、せんせい……女の子が今、司会の男の首をひっつかんで引っこ抜いたんだけど……

 なにあれ? なにこれ?

 あ、あああ……ひ、人がどんどん殺され……血が……いやぁまって今こっちまで血が、飛んで……

 せんせい、せんせい、これは現実ですか、それとも私が見ている夢か何かか?

 私以外の人間が、皆殺しにされた。

 女の子が、全部殺した。

 多分、私とそんなの歳の離れてない、女の子が、ひとを……

 あ、ああ……いや、来ないで。

『来ないで!! 嫌だ死にたくない!!』

『見逃して!! お願いだから見逃してください!!』

 い、いや……やだ、先生あいつこっちに来る。

 極東語通じないと思ったから大陸語で見逃してって言ったけど、聞く耳持ってくれてない。

 ……先生、先生、先立つ不孝をお許しください。

 宙は多分、もう直ぐ死にます。

 いや、待った!!

 そういえば私はいま結構頑丈な檻の中!! 鍵がどこにあるかは全くわからないけれど、鍵がなければこの檻は開けられない!!

 私も出られないけど、向こうから手を出される心配も!! ない!!

 やったあ!! 死亡フラグがバキッと折れた!!

 いくら人間の首引っこ抜くような怪力でも、この無駄に頑丈な檻はどうにもならないに決まってる。

 女の子が笑いながら檻の格子を両手で掴んでるけど、素手じゃあどうにもならねえよバーカ!!

 …………まって?

 おり、まがった。

 めきょって。

 あ。

『あなた、綺麗ね……こんなに綺麗なヤキツケ、久しぶりに見たわ』

『ふふふ、顔真っ青にしちゃって、かぁわいい』

『ねえ、可愛いヤキツケちゃん、わたしあなたのことがとても気に入ってしまったわ』

『だから、一生かわいがってあげる』

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