第十章

 航空工廠を持つマールスフェルト基地は、最前線のヴェストホーフェンとは異なり、どこか戦時中とは思えない長閑さがあった。

「S01だ……。本当に実戦で使っていたんだな」

 メンメルト諸島での爆撃作戦で被弾した、S01シュルーケンは、格納庫で整備を受けていた。マールスフェルト基地に着陸し、少し休憩をとると、ユリウスはS01の側でその整備を見つめていた。

 S01が珍しいのか、二・三人の整備士が集まっている。小声で話しをしながら、被弾した板金を引き剥がしていた。

「あれか、S01の操縦士は」

「あの、小さいのが操縦士……? まだ飛行学校生じゃないのか?」

「いや、S01の爆撃作戦は、あの子が任務にあたっていたらしい」

「翼の穴、結構酷いな。よくメンメルト海域から、ここまで飛んできたもんだ。しかも燃料切れで、滑空してきたんだろ?」

「機体の下も確認してくれよ…。おれはエンジンまわりをみるからさ」

「わかった。って、おい、ちょっと待て、この機体、機銃がついてないぞ!」

「本当か? 設計した奴の顔をみてみたいな。機銃なしで、空戦やれって、死にに行けって言ってるようなもんだろ。どうかしてるぜ」

「まあ、こいつは爆撃機だが。100キロ爆弾積むために機銃はずしたって、噂には聞いていたが、本当にやったんだな」

「これ見てみろよ、真っ黒じゃねぇか。腹にも爆風を受けたんじゃないのか? 細かい穴がやまほど空いているぜ。全部ひっぺがして交換しなけりゃならん」

 ユリウスはその様子を不安げに眺めていた。これまで、S01は優秀な護衛機の鉄壁の守りにより、傷といえるような傷を受けたことがなかった。これほど、大掛かりな修理は初めてだった。

 めりめりと音をたてて、S01の板金がはがされ始めた瞬間、ユリウスは思わずS01に駆け寄った。

「あ、あの……」

 うまく言葉が出ない。

「なんですか? ザルツハイム二飛でしたっけ?」

 整備士はおざなりな敬礼をユリウスにかえした。ユリウスも慌てて姿勢を正し、敬礼をする。

「……あの、S01の整備を手伝わせもらえないでしょうか?」

「われわれの整備に不満でもあるんですかね?」

「いえ、そんなことはありません」

「じゃあ、引っ込んでてもらえませんかね」

「あの、でも、ヴェストホーフェンでは……」

 アーレは、ユリウスがS01の側にいても何も言わなかった。エンジンやラダーなどの重要な部品はさすがに触らせてもらえなかったが、時間があれば一緒に板金を磨いたり、風防の硝子を拭いたりしていた。ユリウスにとっては、S01シュルーケンと一緒にいることが幸せなのだとわかってくれていたからだ。

「あっちの整備士がなんて言ってたか知りませんけどね、整備士には整備士の領分というのがあります。操縦士に口出しされたくないんですよ」

「……はい」

「まったく、上官は何を教えてるんだか」

「あの!」

「まだ、何かあるんですかね」

「わたしの上官は、ティーゲルハイト少尉は、いろんなことを教えてくださっています。わたしのことは何を言ってもいいですけど、ティーゲルハイト少尉のこと悪くを言うのは、やめてください」

 オスカーがいなければ、自分が命のあるままここに立っていることはなかっただろう。配属されて、はじめてS01に搭乗したとき、まともにまっすぐ飛ぶことさえできなかったユリウスが、空軍の軍人としての任務を果たせるようになったのは、オスカーがいたからだ。

「ティーゲルハイト? って、あの撃墜王エースか!?」

「そう、その小っちゃい操縦士は、ヴェストホーフェンが誇る撃墜王様の部下だよ。可愛がってくれていたみたいだな」

 格納庫の半開きの扉に背中を預けて、アルベルトがそう言った。

「ああ、いやその、おれたちは、真面目にこの機体の整備をしていただけで…」

「S01はティーゲルハイト小隊の宝みたいなもんだ。なんてったって、これまで、二十隻以上の敵艦を沈めてきたんだからな。しっかり頼むよ」

「はい、もちろんですよ」

「悪い、邪魔したな。ユリウス、行くぞ」

 アルベルトにそう促されて、ユリウスはS01をちらちらと振り返りながら、格納庫を後にした。

「ユリウス、気になるのはわかるが、整備の仕事に口を出すのはよくない」

「……はい」

「ヴェストホーフェンが特別だった。そのことは覚えておいたほうがいい」

 不安そうな顔をしているユリウスの頭をアルベルトは、くしゃくしゃと撫でた。

「このマールスフェルトは、航空工廠がある基地だ。整備の腕は確かだから任せておいていい。その分、整備士のプライドが高いのが面倒だがな。まあ、ちゃんと機嫌は取っておくと、いろいろ便宜を図ってくれるから、仲良くなっておくのに越したことはない」

「了解」

「ん。わかったんなら、それでいい。あの機体の状況だと、しばらく出撃はないだろ。官舎でメシでも食おう。ここはまだまだ食料が豊富みたいだ」


 官舎にある食堂にいくと、オスカーとカールもそこにいた。ティーゲルハイト小隊の軍籍はまだヴェストホーフェン基地にあるので、自分の部屋がないのだ。

 カールが、チーズの乗ったパンにかぶりつきながら、ユリウスに同じテーブルにつくように、目で合図した。

「ユリウス、S01の格納庫に行ってたのか?」

「うん。でも、邪魔したらだめだって…」

「まあ、そうだよな。ノイマン曹長や、シュナイダー曹長のほうが、普通じゃなかったから」

「知らなかった」

「いや、ヴェストホーフェンでもあのふたりは、特に変人だったよ。気が付かなかったのか」

 ユリウスはこくりとうなづいた。

「おまえは、もうちょっと周りの人間に興味をもったほうがいいぞ。まあ、飯を食えよ。チーズとスープがあるぜ。最前線とは違って豪勢なもんだ」

 ユリウスは、アルベルトと一緒に、トレーを持って配給の列に並んだ。厚めに切られたパンが二枚、チーズが一かけ、キャベツの酢漬、それにベーコンの切れ端が浮いたスープだ。

 ヴェストホーフェンでこれだけの料理にありつけたのは、最初の半年くらいのもので、あとは、操縦士以外は、昼食なし。操縦士でも非常食に使う固焼きビスケットひとつという有様だった。

「こりゃ、確かに豪勢だな」

 アルベルトはそう言うと、カールたちがいるテーブルについた。ユリウスもその横に腰をおろして、スプーンを手に取った。ユリウスはこういった料理を食べるのが遅い。小さいころスプーンやフォークを使うような食べ物にありつけなかったからか、いまでも行儀よく食べるののは苦手だった。

「カール、これ」

 そう言って、パンを一切れ、カールに差し出した。

「自分で食べろよ」

「もう、おなかいっぱいだし」

「そんな訳ないだろ。昨日からろくに食べてないじゃないか」

 斜め向かいに座っていたオスカーが、パンを差し出していたユリウスの手首をつかんだ。

「また、痩せたな」

「痩せてません…。たぶん」

「いや、背が伸びているのに、体重が変わっていないのなら、痩せているのだろう。S01の制限体重は40キロだ。あと3キロ太れ」

「太れと言われても…」

「その手に持っているパンは、自分で食べるんだな」

「…はい」

 すでに食べ終わっている三人は、席を立つことはなかった。ユリウスが食べ終わるのを待つというような雰囲気もださず、ただ、たわいもない話をぽつりぽつりと続けている。もしかすると、食べるのが遅いユリウスに気を使わせまいとしているのかもしれなかった。そんなよけいな気を上官に使わせていることが、ユリウスはいたたまれなかった。


「S01は、出撃できないのですか…?」

 マールスフェルト基地へきてから三日。ユリウスを除いた三名に出撃命令がでた。

「艦隊爆撃の作戦ではないからな」

 S01の修復はユリウスが考えていたよりも時間がかかっていた。極端な軽量化を試みた機体であったがために、量産型のL27やL25の板金を使いまわすことができなかったのだ。これまで穴があくような損傷を受けたことがなかったため、知らなかったが、S01は整備士泣かせの厄介な機体なんだと、マールスフェルトにきて初めて愚痴を聞かされた。

 S01が飛べないからといって、L27と、リヒテン・ライヒが誇る撃墜王を遊ばせておくわけにはいかない。オスカーはS01の修理が終わるまでの期間と条件をつけた上で、マールスフェルト基地での作戦任務につくことを承諾していた。

 本来L27は空戦向きの機体だ。S01の護衛をしていること自体が、他の基地のものたちからしてみれば、変に思っていたことだろう。

「ザルツハイムが焦ることはない。この戦況からして、S01の出番がなくなったりはしないはずだ。いまは割り切って、体を休めておけばいい」

 オスカーはそう言うと、ユリウスの背を軽く叩いて、駐機場に向かって行った。

 本当なら駐機場で見送りたかったが、出撃予定のない操縦士が駐機場や滑走路の近辺を歩くと、整備士たちに睨まれる。

 だから、ユリウスは官舎の廊下で、オスカーたちを見送った。

 いくところがなかった。官舎の廊下をとぼとぼとあるいていると、このマールスフェルト基地の掲示板にも官報が貼ってあった。

『リヒテン・ライヒ空軍、敵新型艦を撃破』

 うそだ。

 ユリウスは自分の任務を果たすことはできなかった。

 敵の新鋭艦はちょっとした傷を受けただけ。そして、われわれのヴェストホーフェン基地は燃え落ちた。

 それなのに、同じ小隊の仲間が出撃していくこの時も、官舎の片隅で、窓の外を眺めることしかできない役立たずだ。

 S01に乗れないユリウス・ザルツハイムになんて、なんの価値もないのだ。そのことは自分が一番よくわかっていた。


 数日たってもユリウスのS01シュルーケンの修理の目途はたたず、基地での留守番が続くことになった。

 オスカー、アルベルト、カール三人は、マールスフェルト基地の作戦に加わり、着実に戦果を挙げていった。なかでもL25改に乗ったカールの戦績は目を見張るものだった。わずかな日数で撃墜数は十機を超えていた。

「あの機体で、空戦をやるなんて、よく生きて帰ってこれたって、自分をほめてやりたいよ」

 カールは基地へ帰投するたびに、そう言って皆を笑わせた。L25は、リヒテン・ライヒの主力機で、操縦士からも整備士からも抜群の信頼を得ている機体だ。しかし、このL25改キーリャとなると話が違う。あまりにも常識はずれの調整がされているためだ。

「なんでもかんでもリミッターを外してしまえばいいって、そういう考え方だったのかと思うと、空恐ろしいよ。ツェッペンベルグ大佐のことが…」

 L27よりも旧型の機体であっても、敏捷性だけが桁違いの性能だった。すべてを犠牲にして操縦の素早さだけを追求すればこうなるのかもしれない。それでも、カールはこのキーリャを操って、とてつもないペースで敵機を堕としていた。

「このペースでいけば、あっという間にオスカーの奴を追い越しちまうな」

 アルベルトは、感心してそう言った。アルベルト自身の戦績は振るわなかったが、自分は本来、爆撃機乗りだから、撃墜されないだけでも上出来だと、うそぶいていた。

 基地に残されたユリウスは整備を手伝うことも許されず、シュルーケンの側にいることすらできなかった。

 搭乗する機体のない操縦士ほどみじめなものはない。飛行学校で実技以外の教科が悲惨な成績だったユリウスに、無線通信や武器調達などの後方勤務が手伝えるわけもなく、できる仕事といえば厨房兵から頼まれた、基地の裏での畑仕事くらいだった。それでもユリウスには、人気のない食堂でじっとみなの帰りを待っているよりは、ずっとましだった。

 今日も、三人の出撃を見送ると、ぶかぶかの軍服の袖をまくり直して畑へ出る準備をした。ヴェストホーフェン基地から出撃して、そのままこのマールスフェルト基地へ来たため、出撃の際に着ていた飛行服しかユリウスにはなかった。このマールスフェルトでもユリウスほど小柄な者はいなかった。借り物の軍服はぶかぶかで、ズボンのベルトに至っては、無理矢理穴をあけて使うしかなかった。それでも、ベルトの端が腰の後ろまで回ってしまい、邪魔でしかたがなかった。

 靴だけは、借り物ではどうにもならなかった。どんなに詰め物をしても、紐をきつく締めても大きさが違いすぎて脱げてしまう。仕方なく、基地で過ごすときは軍用ブーツを履くが、畑に行くときには、汚さないように素足で作業をすることにしていた。

 道具置き場から、畑仕事で使う農具を取り出して担ぐと、黙って基地の裏の畑に向かった。そこには、近所の村から寄せ集めてこられた子どもたちも大勢働いていた。

 ぼろぼろの服を着ている子どもたちは、大抵がかつてのユリウスと同じ戦災孤児だろう。ここで手伝うと、食事をさせてもらえるから、集まってくるのだ。

 ユリウスは、先に来て働いている厨房兵にぺこりと頭をさげると、作業の内容を聞いた。

「ああ、またあんたか。操縦士だろうに、出撃もせず、いい御身分だな」

「まだ、機体の整備が終わってなくて」

「ヴェストホーフェン基地からきた他の連中は、出撃して立派に戦果をあげるって言うじゃないか。まあ、ただ飯くわせる訳にはいかないからな。今日はあっちの畑にいって芋を掘ってくれ」

「了解」

「畑でも操縦士気取りかよ。格好つけやがって」

 ユリウスにしてみれば、口癖になっている返事をしたに過ぎないが、それさえも気に障ってしまうらしい。

 孤児たちにまじって、芋を掘っていると、まるで軍港の街で暮らしていた頃に時間が巻き戻ったかのようだった。

「あ! 馬車だぁ」

 小さな男の子が、掘りかけの芋を放り出して、畦のほうへ走ろうとする。その子の兄だろう、ユリウスよりも少し年下くらいの少年が、慌てて手を掴み引き留めた。

「ばか、遊んでると、ご飯もらえないんだぞ!」

「ごめん…。お兄ちゃん」

「わかったら、ほら、そこの芋を籠にいれろ。おまえ、ほっぺに泥がついてるぞ」

 泥だらけの手で、弟の顔についた泥を拭ったものだから、さらに顔が泥で汚れてしまった。それを見ていたユリウスは、腰に下げていた汗拭きようの布を取ると、小さな男の子の前にかがんで、泥だらけになってしまった顔を拭ってやった。

「ザルツハイム二飛!」

 突然名前を呼ばれたユリウスは、驚いて振り向きながら立ち上がり、声のしたほうを探した。

「ああ、やっぱりザルツハイム二飛だ! 無事だったんですね!」

 畦の向うに止まった馬車の荷台から、兵士らしき人影が顔を出した。それは、ヴェストホーフェン基地に残してきたアーレだった。いつもかけていた眼鏡にはひびが入って、その縁が少し欠けている。

 ユリウスは、思わず駆けだそうとして、足元にあった籠につまづいた。山もりに積まれていた芋が籠から転げ出る。だが、ユリウスには、もう泥のついた芋など目に入っていなかった。

「ノイマン曹長!! ご無事だったのですか!」

 馬車に向かって全力で走った。アーレもまた荷台から飛び降りてこちらに向かって走ってくる。

「ザルツハイムだって?」

「アーレの秘蔵っ子のツバメちゃんか?」

「おい、本当かよ、生きてたのか!」

 馬車の荷台から、次々と見知った兵たちが顔をだす。みなヴェストホーフェン基地の仲間たちだった。

 ユリウスはアーレの前までくると、そこでぴたりと足をとめた。

「…本当に、ノイマン曹長なんですよね……」

「そうですよ! 幽霊じゃありません!」

 アーレはユリウスより頭ひとつほど高い。ユリウスは、本当にアーレかどうかを確かめるようと何度も目をこすっては見上げる。涙でにじんで、どうしてもはっきりと顔がみえない。アーレのほうがじれったくなったのか、ユリウスの背に合わせて少しかがむと、その背に腕をまわして、ユリウスのことを抱きしめてくれた。

「ザルツハイム二飛こそ、幽霊じゃないですよね?」

 アーレもうっすらと涙を浮かべながら、冗談をいってみせた。

「はい。幽霊ではありません」

「良かった。また、こうして会うことができて、本当に良かった」

 欠けた眼鏡の奥でアーレの目から涙が一筋こぼれて落ちた。


「ヴェストホーフェン基地は、ほぼ壊滅状態です」

 帰投したオスカーたちと合流したアーレは、ヴェストホーフェン基地がどうなったかをゆっくりと話し始めた。

「われわれは、ツェッペンベルグ大佐の命令で、食料調達用の馬車で脱出したんですが、いったいどれだけの人間が逃げ切れたのか…」

「攻撃を受けたのは空からか? それとも地上からか?」

 オスカーがアーレに紅茶の入ったブリキのカップを渡しながら聞いた。紅茶などという嗜好品があるのは、ここが最前線ではない証拠だろう。

 アーレは紅茶の香りを楽しんでから、一口含むとゆっくりと飲み下した。

「空からです。投下された爆弾は100キロかそれ以上だと思われます」

「なんだって?」

 その情報に食いついたのはアルベルトだった。

「そんなばかな。あのでかぶつは、S01シュルーケンだからこそ、腹に抱えて飛べるんだ」

「ノイエ・デモクラティアの奴らも同じことを考えていたとしたら?」

 アルベルトの言葉にアーレがそう返した。

「爆弾を投下したのは、S01に近い、細身の機体でした。普通なら、100キロ爆弾なんて搭載できないでしょう。そいつを、腹に抱えてヴェストホーフェンまで飛んできたんですよ」

「つまり、デモクラティアの奴らも、ザルツハイムのような年頃の操縦士を使っていると、そう言いたいわけか」

「ええ。あまり考えたくないことですがね。しかもうちのS01はたった一機だってのに、あのとき襲撃を加えてきたのは、十機近くいました。あれだけ爆弾を落とされたら滑走路は穴ぼこだらけで使いものになりません。ティーゲルハイト少尉の判断で、ヴェストホーフェン基地に戻らずにいてくれて本当に良かったです」

 あのとき、無理にヴェストホーフェン基地に帰還しようとしていたら、滑走路が使えず、どこかに不時着するはめになっていたかもしれない。やはり、オスカーの判断は正しかったのだ。

「われわれの主力のほとんどが、メンメルト海域へ出撃するとわかっていたんでしょうね。そうでなければ、あれほどの機数を基地攻撃にまわせるはずはないです。メンメルト諸島に駐留していたというその母艦こそが囮だったってわけですよ」

「そして、敵にそれだけの爆撃部隊があり、その情報を知らなかったというのが、われわれの敗因だったということか」

「ええ、その通りです」

「ツェッペンベルグ大佐はご無事か?」

「わかりません。整備隊が撤退したときには、まだ基地で指揮を執っておられました」

「シュナイダーのおやっさんは、どうした? 姿が見えないようだが」

 アルベルトが紅茶のおかわりをアーレに差し出した。一気にしゃべって口の中が乾いてしまったのだろう。アーレは二杯目の紅茶を軽く会釈をして、手に取った。

「親爺さんは、爆撃に巻き込まれて、片腕を吹き飛ばされました。足でまといになるからって、どれだけ説得しても馬車に乗ってくれなかった…。あの、頑固爺……」

 そう言っているアーレの目は涙で光っている。

「いや、シュナイダー曹長は、ツェッペンベルグ大佐が基地に残っている限り、自分が先に逃げるような人じゃない。たとえ、怪我をしていてもだ。だから、おまえが気に病む必要はないさ」

 オスカーは慰めるようにそう言って、アーレの肩に手を置いた。

「それよりも、この基地にノイマン曹長が来てくれたことには意味がある。S01の整備を頼みたい。まだ、整備が終わらず、ザルツハイムが飛べずに腐っている」

「……あの、ティーゲルハイト少尉。お言葉ですが、わたしは腐ってなど」

「確かに、腐ってるってのとは違うよな。いつも廊下でおれたちの出撃を見送るときの目といったら。まるで捨てられた仔犬みたいだった。連れて行ってやりたかったが、生憎とL27は単座の戦闘機ときたもんだ」

「ヘッセ准尉、相変わらずですね。もちろん、喜んでシュルーケンの整備をさせていただきます。まあ、ここの整備士とひと悶着起きるでしょうが、ザルツハイム二飛の喜んだ顔を見れるんなら、安いもんですって」

「ノイマン曹長…」

 ここはヴェストホーフェン基地ではないけれど、仲間がいる場所こそが基地なのだと、ユリウスは改めて感じた。

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