第35話 ライフハック

 それから俺たちは三周ほど高尾ダンジョンを周回した。雑魚敵はアンナの清掃力が抜群に光り、ボス戦は一ノ瀬さんが蹴ったり、斬ったりで大活躍だ。俺? 雑魚にそこそこダメージを入れることができ、ボス戦ではデコイとして頑張っている。


「あー!! 辰巳君、すごいのが出ました! 【ベア熊クマベアーマー】ですっ」


 ボス箱はあまり良いドロップ品はなかったのだが、四周目にして一ノ瀬さんがレア装備を引き当てた。つい最近アニメでやってた熊の作品を彷彿とさせる名前だが何がすごいのか。俺はアイテムボックス内で詳細を見てみる。


【ベア熊クマベアーマー】頭+上半身+下半身+足装備。STR+200 VIT+300 MND+300 AGI+150 DEX-200 ジャイアントベアの着ぐるみ。臭くはないよ。


「あ、これは……普通に強いな。DEXのマイナスは気になるが、それを差し引いても十分神装備だわ。一ノ瀬さんナイス」


 一ノ瀬さんのLUKが2000を越えたことで、よりレア装備のドロップ率が上がっているのだろう。このボスから得られるドロップ品としては最上級の装備ではないだろうか。


「いえいえ、フフ、ささ、辰巳君? 早く装備をっ、早く装備をっ」


 ウキウキしている一ノ瀬さんを見て、ポンポコフードの二の舞になるのだろうな、と覚悟を決める。


「おっけ。装備【ベア熊クマベアーマー】」


 俺の全身が熊の毛皮に覆われた。一ノ瀬さんの目がキラキラと輝き──。


「かっ……、かっ……、可愛くないです……」


 瞬く間に色を失った。そしてそのままガクリと崩れ落ちる。なんだかすまない。


「ハハ、テーマパークにいそうなユルい感じの熊の着ぐるみだったら良かったんだけどなぁ。確かにこれじゃあなぁ」


 THE・熊って感じである。可愛さのかけらもなく、本物志向の着ぐるみがそこにはいた。


「うーん、それに武器が扱いにくいから要練習だな」


 両手の平で短剣とハンドガンをクルクル回してみる。指と爪が太くて取り回ししづらい。スノボー用の手袋をはめているような感覚だ。


「さて、最後にレア装備も出たし、とりあえず今日はこのくらいにしておこうか。もう時間も……」


 スマホを取り出して時間を確認しようとするが、熊の指では反応しない。


「18時23分」


 アンナ便利である。


「さんきゅ。というわけで戻ろうか」


「はい」


「ん」


 こうして俺たちは高尾ダンジョンの施設へと戻ってくる。


「ふぅー。一ノ瀬さんお疲れ、今日も濃い一日だったなぁ」


「はい、辰巳君、アンナさんお疲れ様です。フフ、確かに目まぐるしかったですね。でも新たな出会いもあってとても充実していました」


「ん、ヒカリは良い子」


 アンナがポシューと弱火力(?)で浮かび上がり、一ノ瀬さんの頭を撫でる。変な絵だ。


「ま、ちょっと生意気な仲間だけどな。さて、お腹も空いたし、帰るか。アンナはどうする?」


「ん? タツミの家でたくさん用意・・・・・・されたご馳走・・・・・・・を食べる気だけど?」


 …………こいつ。


「そうなんですか?」


 一ノ瀬さんが何のことか俺に確認を取ってくる。アンナが言ったのは、俺が既読スルーしている家族グループラインのことだろう。母さんからは『ご馳走たくさん用意しておくからヒカリちゃん誘って連れてくるのよ』と来ていた。


(ハッキングしたな?)


 俺はアンナを睨む。しかし、アンナは不敵な笑みを浮かべるばかりだ。一体どういうつもりだ。


 ♪♪♪


「あ、私ですね。ちょっと失礼します……。え、と、? あれ? 辰巳君?」


「? ん? どうした?」


 俺がなんだろうか? 聞きなれた音──ラインの通知音だったから、誰からかラインが来たということだ。一ノ瀬さんは手元のスマホと俺の顔を見比べている。


「~♪」


 困惑している俺たちを見て、アンナはなぜかご機嫌だ。


「えぇと、これを……」


 家族グループ(4)


『たっくん、ダンジョン攻略まだぁ? パパお腹空いたし、ヒカリちゃんに早く会いたいよぉ~』

『タツミへ、ご馳走たくさん用意しておくからヒカリちゃん誘って連れてくるのよ? ファイト』

『茜も料理手伝ったよー!! 美味しくできた!! ヒカリお姉ちゃん喜んでくれるといいなぁ』


「…………」


 俺の家族グループラインのスクショが一ノ瀬さんのラインに画像送信されていた。送信元は俺になっている。犯人はすぐに分かった。


「なに」


「……マスター権限でプライバシーの侵害というか侵略を阻止したいんだが?」


「断る」


 断られた。最弱ステータスの俺の威厳など、神話級オートマタの前では皆無であるということだ。それより困惑したままの一ノ瀬さんに説明しなくてはならない。


「……ふぅー。えぇと、一ノ瀬さん、実は今朝一ノ瀬さんとデュオパーティーを組んだって家族に言ったら、家に招待しろってうるさくてね。ホント図々しい家族でゴメン。今日もダンジョン攻略で疲れてるだろうから、またの機会にするって──」


「ヒカリお姉ちゃん……。この茜ちゃんのアイコンは本人ですか?」


「え、あ、うん」


 言っ、て……。


「妹さん──ですね?」


「え、まぁ、うん」


 お、く……。


「お邪魔させて頂きます」


 えぇぇえぇぇ。


「え、あぁ、えぇ、……うん、本当に? マジで? 結構グイグイ来る家族だと思うよ? ……まぁ、でも本気で来てもいいと思ってくれるならありがとう……。喜ぶと思うよ。引くくらい……」


 さっきからスマホを近づけたり、遠ざけたり、画面を拡大したり何をしているのかと思ったら、スクショに写っていた茜のアイコンをジッと凝視していたらしい。そしてまさかの断固たる意志を示してきた。まぁ、一ノ瀬さんが本当に来たいのなら無理に否定することもない。


(だが、心配だ……。親父、あと親父、そして親父。セクハラしたらマジで殴ろう)


 俺は一番はしゃぐであろう親父の姿を想像し、覚悟を決める。実の父親を本気で殴る覚悟を。


「タツミ、良かったね」


 まるで他人事のようにそう言ってくるアンナ。


「アンナ? お前とは話し合いが必要だからな?」


 もちろん勝手にスマホをハックしてラインを送信した件についてだ。


「ワタシ、ヨク分カラナイ」


 しかし都合が悪くなると口をパカパカ開けて、目をグルグル回すアンナ。これはマジで卑怯だからやめてほしい。こんなん怒る気も失せる。


 と、まぁ、こうして一ノ瀬さんが我が家にやってくることが決定されたのだった。

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