第23話 辰巳の全力

(一ノ瀬さん山好きなのかな……?)


 と言うのも高尾ダンジョンは高尾山の麓にできたダンジョンのことで、ダンジョンの地形も山のようだと聞く。更に攻略後に高尾山に登り、そのあと温泉に、と楽しむモーラーもいたりする人気ダンジョンだとか。


「うん、了解、じゃあ朝十時くらいに現地集合して、可能ならば午前一周、お昼休憩を挟んで午後一周って感じでどう?」


「えぇ、それで大丈夫です。でも、高尾は少し遠いので、車で行きませんか? 私、出しますので」


「え? 一ノ瀬さん車乗れるの? ってか、車持ってるの?」


「フフッ、はいっ♪」


 嬉しそうだ。爛々とした目の輝きから車好きだというのが伝わってくる。


「じゃあ、お願いします……」


 そういうことならこの提案を無碍にすることもあるまい。


「はいっ、では朝迎えに行きますねっ、えと、辰巳君のお家は……聞いても大丈夫です?」


 大丈夫に決まっている、という意味をこめて俺は軽く笑う。


「俺の家は目黒区だからココから高尾へは反対方向になるかな。だから迎えは大丈夫。この近くの駅に集合でもいい?」


「そうですね……、はい、分かりました。では、明日の九時に成城学園前に迎えにいきます」


「うん、ありがとう。……じゃ、あまり長居するのも申し訳ないからそろそろお暇するね」


「……あの、もしよろしければ送っていきましょうか?」


 一瞬迷う。別に帰るのが面倒だとかそういうわけじゃなく、車が好きなら送ってもらった方が一ノ瀬さんが喜ぶのか、と考えたのだ。だが、まぁ流石にその考えは飛躍しすぎだろう、と思い自重する。


「いやいや、電車があるし、大丈夫だよ、ありがとう。ゆっくり休んで、明日遅刻しないようにね」


 ま、一ノ瀬さんは遅刻するようなタイプじゃないだろうから心配はしていないけど。つまり、からかっただけだ。


「うっ、は、はい……。アラームたくさん掛けます……」


 と、思ったらどうやら朝は弱いタイプのようだ。人を印象だけで決めつけてはいけない、ということを学んだ。


「もう一時間遅くする?」


「だ……大丈夫ですっ!」


 なんだか悲壮な決意を感じて、心配になる。


「そ、そう? 無理しないでね? 遅れても全然大丈夫だからね?」


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……な、筈、ですっ!」


(あ、これ大丈夫じゃないやつだ)


 一ノ瀬さんの表情は苦々しく、その視線は左右にブレブレに泳いでいる。俺は明日駅で待ちぼうけをすることをこの時点で覚悟した。


「うん、了解。じゃあまた明日。あと、チャーハンありがとう、ご馳走様。じゃ、おやすみなさい、お邪魔しました」


「フフ、辰巳君は随分律儀さんですね。はい、また明日。おやすみなさい」


 こうして、長かった一日は終わりを告げ──。




 家に帰れば──。


「ただいまー」


「あーーっ、お兄ちゃんおかえりっ!」


 妹の茜に抱き着かタックルされ、


「あら、タツミ随分遅かったわね。珍しいじゃない、アンタ外食してくるなんて。誰かと一緒だったの?」


 母さんになんとなく聞かれたくない質問をされ、


「いや、まぁ、うん」


 とりあえず濁していたら、


「くんくん。お兄ちゃんから良い匂いがするっ!!」


「なぁにぃぃぃ、どれ、パパにも匂わせろっ! くんくんっ、んっ!? ホントだ!! この甘いムスクはっ……女、だな?」


「なんだムスクって。おいクソ親父。いい加減離れろ」


 なぜか一ノ瀬さんといたことがバレそうになっていた。まだ玄関で靴を脱いでもいない時点の話しだ。


「うわーん、母さん、辰巳が反抗期だよぉ、パパをいじめるんだよぉ」


「あら、タツミ彼女できたの? 紹介しなさいよ」


 母さんは親父をガン無視して、こっちはこっちでめんどくさいことを言ってくる。


「できてねぇ。風呂入るわ」


 なので、俺はこの厄介な話題を打ち切り、風呂へと逃げる。


「茜も一緒に入るっ」


「パパも入るっ」


「だが断るっ」


 浴室のカギをガチャリと掛け、茜と、まぁ親父は流石に冗談だろうが、二人が入ってこれないようにする。


 ドンドンドンッ。


「お兄ちゃんのいけずぅーーー」


「たっくんのいけずぅーーーー」


「はいはい、俺はいけずですよー」


 そして俺は一人で風呂に入りながら、いずれ一ノ瀬さんとパーティを組んだことを家族に告げなければならないという現実に少しだけ頭を悩ますのであった。


(だが、それはもう少し先の話し……、なーんてな)


 


 ──とか思っていた昨日の自分を殴りたい。


「あら、おはよう、タツミ。今日は早いわね。それで、今日はダンジョン攻略じゃなくてデートなの? やっぱり彼女できたんじゃない」


「お兄ちゃん、おはよぉ~。あれぇ? 今日はキメキメだね、昨日の人とデート?」


「おう、辰巳ちゃんと歯ぁ磨いたか? 男は清潔感が一番だぞ。女性の扱い方に困ったら俺に聞け。父さんが辰巳くらいの年の頃はそりゃもうモテモテのひっぱりダコだったからな、ハハハハ」


「…………違ぇよ、ダンジョンに行くんだ」


(なぜバレた?)


 いや、まぁ別にデートではないのだが。しかし、ここ一ヶ月、毎日同じように支度して、ダンジョンに行っていた時はデートだのなんだのと言われたことはない。茜にはキメキメとか言われるが、服装は普段と変わらない……筈。


 俺はこの時、無表情を装ってはいたが、内心はちょっぴり焦っていた。


「あっ、茜分かった。お兄ちゃんその女の人とパーティー組んだんだ」


 妹、鋭し。


「ほぉ。辰巳やるじゃないか」


「へぇ、いいじゃない。タツミ今度遊びに連れてらっしゃい。あ、今日一緒なら夕飯ウチで食べる?」


 それいいね、なんて親父がハシャいでるが、昨日の今日で我が家に招待するわけがない。


「わーい、お兄ちゃんのカノジョさん見たーい!」


 妹よ、だからカノジョではない。


「息子の彼女か……、よしっ、ちょっくら散髪行ってくる! 母さん、お小遣いをくれっ!」


 仮に彼女が来るとしてもそのために気合入れて髪の毛を切りにいく父親ってどうなんだ?


「先週行ったばかりでしょー、却下でーす。茜にでも切ってもらいなさい」


 つか親父、先週髪切ったばっかかよ。全然気付かなかったわ。


「うぅ、しくしく。茜ぇ~、パパの頭切ってくれるか?」


「えー、うん、まぁ、いいよ?」


「ありがとおぉおおおおお!! あ、それで辰巳、彼女さんはどんなヘアースタイルが好みなんだ? ん?」


 さて、ここまで黙って聞いていたが、随分と好き勝手言ってくれる家族に対し、


「スゥー……」


 一度大きく息を吸い込んだ後──。


「つーか、俺、女性とデュオパーティー組んだなんて一言も言ってないんだけど勝手に話し進めないでくれるぅ!?」


 全力でツッコミを入れる。

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