第22話 しよっか

「ご馳走様でしたっ。めちゃめちゃ美味かったです。人生で一番美味いチャーハンでした」


「はい、お粗末様でした。フフ、お世辞でもそう言って下さると作った甲斐があります。それに、綺麗に食べてくれて嬉しかったです」


 お世辞でもなんでもなく、本当に一ノ瀬さんが作るチャーハンは死ぬほど美味かった。人間、本当に美味いと何も言えずに一心不乱に食べてしまうものだ。気付いた時には米の一粒も残っていなかった。


「ふぅー……」


 そして食べ終わって一息ついた瞬間であった。俺は完全に油断していた。


「あ……」


 一ノ瀬さんは俺の食べ終えた食器を何も言わずにスッと下げてしまったのだ。


(……タイミング逃した)


 人の家にお邪魔してご飯を振舞ってもらって、片付けもせず、ぼーっとしている男。そりゃ、今日会ったばかりの男にキッチン立ち入られたくないかも知れないが、申し出くらいはすべきだった。


「……何から何まですみません。ありがとうございます」


 代わりに何度目かの謝罪と感謝の言葉を口にする。


「フフ、大丈夫ですよ。辰巳君はお客様なんですから気にしないで下さい」


 そう言われてしまえば、それ以上は言えない。


「さて、まずは先ほどの件ですが……」


 洗い物を終えて、一ノ瀬さんが帰ってきた。俺の頭もかなり冷静になっている。先ほどの件……。まぁ、ナンパ男たちとの一件だろう。


「辰巳君に迷惑をかけてしまって本当にすみませんでした」


 まさかの謝罪をされた。


「いやいやいや、一ノ瀬さんは被害者じゃん! 何も謝ることはないからっ。悪いのはあのナンパ男たちだし、むしろ……」


 むしろ、カッとなって喧嘩を売ってしまった俺の方がよっぽど悪い。


「俺の方こそ、取り返しのつかないことをするところだった。一ノ瀬さんのおかげで助かったよ。本当にごめん。ありがとう」


 できる限りの誠意を込めて、頭を下げる。


「「…………」」


 暫し、気まずい時間が流れる。


「……フフ。でも正直に言えば、あの人たちがコテンパンにされるところ見てみたかったです」


「え?」


 冗談めかした口調で急に変なことを言い出す一ノ瀬さん。しかし、あいつらをコテンパンにして、尻尾を巻いて逃げるところを想像してみたら、


「ップ、確かに見たかった。でもあのまま喧嘩になったら一対二で勝てたかなぁ」


「きっと勝ってましたよ。確かにステータスはあの人たちの方が上かも知れませんが、絶対辰巳君の方が強かったと思います。でもあんな人たちのために辰巳君が拳を痛める必要はありません。あぁいう自己中心的な人たちには代わりに天罰が下りますから」


「天罰……」


「あ、笑いましたね? いいですか辰巳君? 良いことをする時も、悪いことをする時も神様……そうじゃなくとも誰かが見ていますよ。そしてそれは自分に返ってくるんです」


 因果応報とか情けは人のため為らず、とかだな。


「確かにそうかもね。少なくともみんながその考え方になれば、世界は優しさで溢れるだろうにね」


「はい。私はそういう世界の方が好きです」


 目を細めて笑う一ノ瀬さん。別に俺は惚れっぽい性格ではないと思うのだが、これだけ綺麗な人が綺麗に微笑むと、そりゃ綺麗だなって思ってしまう。


「それで辰巳君……、あの、ここなら邪魔は入りませんから……」


「え? 邪魔は入らないから……?」


 モジモジしながら上目遣いでこちらを見つめてくる一ノ瀬さん。


(な、なんだ?)


 急に一ノ瀬さんの唇が艶っぽく見えてきて、俺の心臓の音が大きく──。


「ミーティングができますっ! ミーティングッ、キャーッ、パーティーじゃないとできないミーティングですよっ」


「…………ハァ。うん、しよっか、ミーティング」


「え。なんでため息をつくんですかっ!? ミーティング嫌なんですかっ!?」


 一ノ瀬さんはからかったわけでもイジワルをしてきたわけでもなく、というか普通に考えて、ミーティング以外考えられない。俺の思考回路がイカれていただけだ。


(陽太、俺、女の子と上手くやっていけるか不安だわ……。今度会ったときは女性とデュオパーティーを組んでく上でのアドバイスしてくれな)


 俺はこの時、コミュ力オバケの陽太に頼ることを決めたのであった。


 それから俺たちは活動する時間帯や日にちを確認し合い、


「辰巳君は今までどのようなペースでダンジョン攻略されてたんですか?」


「あー、基本的に俺は毎日、朝から晩までダンジョンに通ってたかなぁ」


「はい? 一日も休まずにですか?」


「うん。こんなステータスだからね、早くなんとかしたかったし、元クラスメイトたちにも負けたくないし」


 俺が学校に入って、このステータスだから退学してソロとしてモーラーになった経緯も先ほど伝えた。


「一ノ瀬さんは?」


「えと、最近は毎日各地のEクラスのダンジョン施設を回って、契約者を見つけることに終始していましたね。まさか一番近い世田谷ダンジョンで出会えるとは驚きましたが」


 一ノ瀬さんのマンションは成城にあったため、世田谷ダンジョンからも近かった。


「なるほど。じゃあ、ちなみに一ノ瀬さんってモーラー以外に仕事とかは?」


「してないです。なのでC級モーラーに早くなりたいですね」


 俺もその点は同じだ。D級モーラーまでは給料というものは発生しない。だが、C級モーラーになると、IDOの職員という形になり、給料が発生する。もちろん、その分多少の制約や義務が発生するのだが。


「じゃあお互いかなりの頻度でダンジョン攻略に専念することになりそうかな」


「はい。そういう方向でお願いします」


「んーと、じゃあ週……七でもいい?」


 週七。つまりエブリデイだ。


「フフ、ダメですよ、辰巳君」


 ダメだった。


「一日はきちんと心と体を休める日を作った方が効率がいいと思います。焦らず長い目でステップをクリアしていきましょう」


「……うん、確かに。そうだね」


 焦らず……。確かにこんなステータスだからと負い目を感じて、がむしゃらになっていた気がする。親への罪悪感もあって、ダンジョン攻略を休んじゃいけないと思っている節もあるし。


「辰巳君のことだから両親に気遣って早く自立したいとか思ってるんじゃないですか?」


「え……、俺って分かりやすい?」


「フフ。ある意味」


 どうやら焦ってる理由までお見通しのようだ。


「ふぅ、降参だ。じゃあ休みの日を決めよう。無難に日曜?」


「そうしましょう。今日が金曜日なので明日はダンジョン攻略ですね。で、お互い体調が悪ければ無理をせず休むというスタイルで」


「了解。じゃあ早速、明日、攻略するダンジョンを考えよう。俺的にはE1の前にE3辺りでレベル上げと、装備更新を何部位かできればいいかなぁと思ってるんだけど」


「そうですね、良いと思います。この付近だとE3ダンジョンは……」


 一ノ瀬さんはスマホを操作しながらダンジョンを探している。IDOのダンジョンマップアプリで検索しているのだろう。当然俺もインストールしてあるため、こちらでも検索する。


「高尾か大宮ですかね……」


「そうだね。俺はどっちでもいいけど、希望は──」


「自然が見れる高尾が良いです」


 わりと即答だった。

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