episode.2 コミュ力が枯渇している……
Life Over Onlineサービス開始日が来た。
サービス開始時刻は午前10時。
その10分前の三原家には緊張した様子でコクーン型ベッドに寝ている月草がいた。
「緊張しますね……」
久しぶりにVRを遊ぶこともそうだが、今回はVRMMO。初のオンラインゲームである。
大丈夫だろうか?初対面の人と上手く会話できるだろうか?などと無限ループの思考に陥ってしまい前日はなかなか寝付けなかった。
もっとも大前提としてまともにゲームができるのかどうかも不安なのだ。
「水分補給よし、VR設定よし、安全点検もしてもらいましたし、何かあればハウスキーパーさんに止めて貰えば大丈夫」
アクリル製の繭の内側から指差し確認を行った後、満を持して月草は目を閉じる。
「気合い入れていきましょう!」
……そこまで気負うことは無いのだが、
そこは純粋培養の箱入り娘。コミュニケーション経験ほぼゼロのボッチ少女には冒険なのだろう。
などと無駄口を叩いていると、
段々と意識がぼんやりと霞んでいく。
瞼が重い。先程まで緊張で強張っていた身体は嘘だったかのように弛緩していく。
月草は暗闇の世界に潜っていくのであった。
◇◇◇◇
「……あれ?」
目を覚ますとそこには白い空間が広がっている。
殺風景な部屋。ただ白いだけの部屋。
ぼんやりと眺めていると、唐突に意識が鮮明になった。
「そうだ!VR!これVRの初期ロビーでした!」
慌てて次の操作を思い出す。
右手を挙げて左右に振ると直径30cmほどのシャボン玉が数個、月草の周りを浮遊し始めた。
よく見るとシャボン玉一つ一つに異なるデザインのイラストが閉じ込められていることが分かる。
月草はその内の一つ。
青空と草原が描かれているアイコンに触れる。
その瞬間。
「あわわ……!」
パァンッ!という破裂音と共に、
シャボン玉が弾け、今までの純白の空間から一転。
下へ下へと重力が働いたように、
ふわりふわりと下降していく月草。
目の前には先程アイコンに表示されていた抜けるような青空。下には青々とした草原が一面に広がり、遠目の景色には如何にもファンタジーな石とレンガの街が見える。
「うわぁ……!凄いっ!」
まるで絵本の中の世界。
小さい頃に夢に見た光景が、今目の前に広がっていた。
「おっとっと……着地成功ぉ〜!」
風景に見とれていると、いつの間にか真下の草原が近づいていた。
落下速度は時間と共に緩やかになっていた為、そこまで焦る必要は無いが、運動神経皆無の月草は殊更慎重に着地した。
子供のようにはしゃぐ月草。
「草原を裸足で踏むなんて初めての経験ですね……」
幼い頃から病弱だった月草は、体調が比較的良い時は必ず外出するようにしていた。
それでも一年に数回。今のように少し落ち着いてからも月一回ほどしか出ることは叶わなかったが、両親の助けもあり、様々な場所へと赴いていた。
草原や花畑のような自然の中に出向いたことも何度かあったが、その際も大抵少し離れた場所のベンチが精一杯だった。
尤も、元気な親友が花冠を作ってくれたりした思い出もあり、寂しいことは無かったが。
「では早速人生初の探検を……あら?」
この草原は何処まで続いているのかしら?
と散策する気満々の月草。
そんな彼女の前に1人。タキシードを着た身なりの良い男性が佇んでいた。
歳は月草より一回り上。20代後半ほどか。
短い黒髪を七三分けにした姿を見た月草は、
時折父の後ろにいた秘書を連想していた。
男性は月草の姿を確認すると、先程まで何も持っていなかった右手に、木製の看板を出現させる。
掲げたそれには「キャラクタークリエイト会場はこちらです♡」というキャラと反比例したキャピキャピのJKみたいなフォントが表示されている。
「……うん。取り敢えず、行きますか」
なんか先程の感動を返して欲しくなった月草だが、キャラクターは作りたい。
少し億劫になりながらも男性の下へ向かう。
距離的にはそれほど遠くもない為、特に何ということもなく到着するが、問題は到着した後である。
(……どうしよう)
父以外の男性と話すのは久しぶりだ。
正直何を話せばいいのか全く分からないコミュ枯渇少女月草はただただ無言になってしまった。
「……」
「……」
広い草原のど真ん中。
1組の男女が無言のまま向かい合うシュールな光景が完成した。
(ええ……何で無言なのでしょう?
なんか、こう、勝手に説明してくれるものを想像していたのですが!)
月草はネット全般に疎いので知る由もないが、
この男性はサポート用AIであり、説明を開始させるには音声認識が必要なので自発的に動くことはまず有り得ない。
そんなことも知らない月草は目の前の男性を本物と勘違いしている。完全に他人との関わり合いが薄かったことの弊害だろう。
そうして異様なお見合いが続くこと5分。
自分のコミュ力の無さをゲームで再確認していまい若干鬱になっていた月草の耳に、電子音のメロディが流れてくる。
「ひぇッ……何これ何これ」
条件反射で顔を上げた月草の目の前には小さなシャボン玉。
空色のアイコンを見た月草は、それがこの前椿に言われてインストールしたSNSの通知だということを思い出した。
まさに天啓と言わんばかりに思いっきりシャボン玉を叩き割る月草。心なしか男性が驚いた気がしたが気のせいだろう。
通知の内容は以下の通りである。
『ネット共有しろ』
サバサバしてるにも程がある文だが、
月草にとっては救いの女神にも相当する。
直ぐ様ネット共有を有効に設定変更した。
その直後。
「――おーい。キャラ作れたか?」
遠くから声が聞こえる。
振り向くと其処には少し変わった姿の親友が。
「ん?どした?」
容姿は其処まで大体な変更はないものの、
吊り目の色が真紅に染まっている。
瞳孔が若干縦に広がっている気がするが、それ以外は特に変化は見られないようだ。
しかし月草にはそんな余裕も無いようで。
「椿ぢゃぁぁぁぁんッッ!!」
「ハァ!?どうしたお前!?」
形振り構わずに親友へ突撃する月草であった。
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