最終話 山田君の宿題

「お疲れ、ライアン」

「今回の魔族はどうだった?」

「ボスの反応が無くなったから、来てみたけど」


この人は誰?


山田君をライアンと呼ぶ女性に、

山田君は化け物を吸収した小箱を渡した。


「さすが、仕事が早いね」


「……」


「どうしたの?」


「……」


「何かあった?」


女性は、山田君を不思議そうに見ている。

私は、女性に声をかけた。


「あの~」


「誰⁉」


女性は周りをキョロキョロ見回している。


「ここですけど」


「あー!!!」


女は私に指をさしながら、驚いている。

なんだ、この失礼な女は!


「人に指をさすって、普通に失礼だと思うんですが」


「そ、そうですよね、すみません」

「いつからここにいたんですが」


「あなたより先にいましたけど」


「す、すみませんでしたー」


「別に、謝ってもらわなくて大丈夫です」


「あの~ところで、えっと、あなたは?」


「……普通は自分から名乗るのがマナーですが、まぁいいです」

「篠宮と申します。山田君がバイトしている会社の社員です」


「バイト?会社?」

「ライアン、バイトってどういうことよ」


女性はニヤニヤしながら、山田君の顔をのぞいている。

山田君は、うっとうしそうにしている。


「篠宮さん、どういうことなんですか?」


「山田君、話していいの?」


山田君はうなずいた。

気は乗らなかったが、私は山田君とのことを説明した。



「アハハハハ、何それ~」

「ライアンどうしちゃったのよ」


「……」


女はずっと笑っていて、山田君は黙っている。

山田君をバカにされているようで、イラっとした。


「そろそろ、あなたの事も教えてもらっていいですか!」


「あっ、そうですよね」


女は姿勢を正し、

「私は異世界調整官のアリアと申します」


アリアは、自分たちの事の説明を始めた。

私が想像していたことは大体合っていた。


山田君やアリアは、こことは違う異世界で暮らしていて、

その世界では、長年、山田君の種族と魔王軍が敵対して戦ってきたとのこと。

しかし、魔王は山田君の種族に勝つことができないため、

別の世界に、配下の魔族を送り込み、勢力を伸ばそうとしているらしい。

アリアのような調整官が、魔族がどこに出現するか事前に把握し、

その世界に山田君のような戦士を派遣しているという。

戦士や調整官は、日々の訓練で、あらゆる世界の言語や文化を

身につけていると説明を受けた。


アリアが話している間も

山田君は黙ったままだった。


「篠宮さん、さっきから、ライアンの事を

山田君って言ってるのはどうしてなんですか?」


「山田君が何もしゃべってくれないんで、

 店長が勝手に名付けたんです」


「しゃべらない?一言も?」


「はい、さっきは油断して、少ししゃべりましたけど」


「ライアン、なんで?」


「……」


山田君は黙ったままだ。


私はアリアに聞いた。

「異世界に来たら、しゃべっちゃいけないっていう

ルールとかあるんですか?」


「そんなルールはないですけど」


山田君を見ると、驚いた表情をしている。


「ウソだろ」


「異世界に影響を与えないように、

極力干渉はしない方が良いけど、必要なやりとりは問題ないよ」


「そう……なのか」


「えっ……じゃあ、今まで何回も派遣に行ってるけど、

 誰ともしゃべらなかったの?」


「ああ」


「はぁ、あきれた」

「バカ真面目っていうか、なんていうかさぁ」

「何があってもしゃべらないって、逆に不自然でしょ!」


「……たしかに」


「あっ、そういうことか」

「派遣前にはいつも、派遣先の世界のお金を渡すんだけど、

いつも結構なお金を残してたよね」


「食料を買う以外には使わなかった」


「何勝手に、自分でハードモードにしてるのよ!」

「これはゲームじゃないの、仕事なのよ!」


「ハードモード?」


「聞かないでよ!」

「ただの例えなんだから!」


山田君が普通にしゃべってるし、

アリアは山田君に偉そうだし、

なんなの。


私は2人の関係を聴いた。

「2人は、どういう関係なんですか?」


「ライアンとは幼馴染なんです」

「ライアンは小さい頃から、真面目というか、

融通が利かないんですよ」

「それに、遊んだりもしないですし、

 仕事ばっかりで、さみしい人生ですよ」


「余計な事言うな」


「本当の事でしょ」

   

幼馴染か……


「2人は、この後はどうするんですか?」


「出現予定の魔族はすべて倒したので、

元の世界に戻ります」


「元の世界……」


「私たちの世界では異世界に関するルールがあって、

 個人的に行くことはできないんです。

「任務が終わったらすぐに戻らないといけなくて」


「……」


アリアは、何かの装置を手のひらに出した。


「それは?」


「転移装置です。これで、元の世界に帰る事ができるんです」

「篠宮さん、ライアンがお世話になりました」


「いえ、私は……」


「ライアンも最後に何か言いなよ」


「……」


「もう!最後の別れなのに、なんなのよ!」


「……」


「すみません」

「ライアンって、元々人見知りなんです」


「……」


「じゃあ、篠宮さん、失礼します」


アリアが装置のボタンを押そうとしている。



「ちょっと待ってください!」


山田君とアリアは、私の方を見て驚いている。

私の次の言葉を待っているのに、

何を言えばいいか分からない。


「篠宮さん?」

アリアが私に尋ねた。


このままだと行ってしまう。



最後なんて……



「山田君は、うちのバイトなんで、急にやめるとか困るんです」

「やめるんだったら、1か月前には言ってもらわないと」


「篠宮さん……さっきも言ったんですけど、

 これ以上ここに留まることはできないんです」


「はぁ!関係ないでしょ」

「ここは日本なんです」

「そっちの世界のルールとか知らないんで」


「いや、でも……」


「今月も山田君をシフトに入れてるんで、欠勤になると困るんです」

「商品の搬入だって、山田君が運べることを想定して、注文してるし」

「パソコンの調子が悪いんで、山田君に見てもらわないといけないし」

「店長もパートの皆さんも、私より山田君を頼ってるし」

「この前、山田君が休んだ時なんか、私何時間残業したと思ってるんですか!」


「篠宮さん……」


「ユリと3人で飲みに行くって約束したでしょ」

「父さんの愚痴は誰が聴いたらいいの」

「母さんはもっと料理を教えてほしいって言ってたし」

「それに……」


涙があふれてきた

何の気持ちか分からないけど

どうしたらいいのか分からないけど

何かしないと後悔するって思うんだ


「ライアンはどうしたいの?」


「……」


「ライアン!!」


「……ルールは守らないと」


「ライアン⁉」


山田君は私にハンカチを渡してくれた。

私は受け取って、涙を拭いた。


「ありがとう」



「ちょっと~、なんなんですか~」

「そういうことなら言ってくださいよ~」

「こう見えて、空気は読む方なんですから~」


アリアは、若手芸人的なノリで話し始めた。


「はいはいはい、そういうことならOKで~す」

「ライアンは任務終了で、このまま研修に入ってもらいま~す」

「研修先は、日本で~す」


「研修ってなんだよ」


「ライアンは、人見知りでしょ」

「普通に話せるのは私ぐらいじゃん」

「だから、いつも単独の派遣にしなきゃいけないし」

「まぁライアンは強いけどさ、今後の状況によっては、

他の戦士と協力して、やってもらわなきゃいけないこともあるしさ」


アリアは、両手を腰に当て、力強く言った。


「人見知り克服研修、開始よ!!」




「なんでシーンってなんのよ」

「誰のためにやってると思ってんの」

「ライアン、何とか言ってよ」


「調整官の指示なら従うしかない」


「素直じゃないなぁ~」

「篠宮さんには、研修の講師をお願いしますね」


「えっ」


アリアは私に近づき、私の耳元で

「安心してください」

「私とライアンは、ただの幼馴染なんで」


「ちょ、何を言って」


私が話しきる前に、アリアは私から離れた。


「そういうことなんで、篠宮さん、

 ライアンをお願いしま~す」

「あと時々様子を見に来るんで、

その時は一緒に食事に行きましょうね♪」


アリアは装置のボタンを押して、

元の世界に帰っていった。



「……アリアさんって、変わった人だね」


「アリアは、毎回付き合った相手にガッカリされるみたいです」


「フフフ、山田君って面白いこと言えるんだ」


「事実です」


「アハハハ、事実はヤバい」


「篠宮さん」


「なに?」


「状況がいまいち分からないです」


「これからゆっくり、山田君にも分かるように説明するからさ」

「とりあえず、グラウンドを出ようよ」

「暗くなってきたし」


「そうですね」

「あと、俺の名前はライアンなんですが」


「しばらくは山田君でいいかな?」


なんか恥ずかしいし。


「いいですけど」


「じゃあ、これから、会社に行くからね」


「何か用事が?」


「山田君、無断欠勤したでしょ」

「店長に謝らないと」


「それは、明日でも」


「わかってないなぁ」

「無断欠勤は社会人としてダメなんだよ」


「そうですか」


「まったく……もっと私が教育しないとダメだな」


「なんで、そんなに俺の事を……」


「べ、別に私は、店長から山田君の教育係を言われてるし」

「それ以外の理由なんて、な、ないよ」


「そうですよね」


「……じゃあ、行くよ」


「はい」



山田君が私の代わりに原付を押しながら、

2人で会社に向かって歩いている。


「店長に謝った後なんだけど……飲みに行こうか」


「でも、ユリさんが……」


「山田君が黙ってくれてたら、バレないからさ」


「でも……」


「私と2人が嫌なの」

「これも、研修なんだけど」


「俺……19歳なんです」


「えっ」


「日本の法律だと確か……」


「ごめん、本当にごめん」

「ていうか、あの時、断ってくれてありがとう」


「いえ……」


「……」


「……」


「そ、そういや、なんでお金があるのに

 スーパーのごみ箱を漁ってたの?」


「漁ってはないんですよ」

「スーパーの裏をたまたま、通りがかったら、店長が勘違いして」


「アハハ、店長らしいわ」


「そのおかげで、篠宮さんと出会うことができました」


「確かに、店長がいなかったら、会ってないからね」

「……あのさ、なんで山田君は元の世界に帰らなかったの」

「研修だって、突然決まったんでしょ」

「本当は断ることだってできたんじゃ……」


「篠宮さんが言ってくれたことが、とても大切に思えたんです」


「私が言ったこと?」


「会社のみんなが俺を頼りにしてくれること」

「ユリさんが3人で食事に行きたいと思ってくれていること」

「お父さんの愚痴を聴くこと」

「お母さんに料理を教えること」


「そっか……」


「篠宮さんが俺に関わってくれること」


「……」


「大切だと思っても、これから

 どうすればいいか分からなくて」


「じゃあ、それは宿題にするから」

「分かったら教えてね」


「はい」



終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新人バイトの山田君は異世界から来たかもしれない クトルト @kutoruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ