第3話 ふたりの夜

次の日の朝


私はベットの上で寝ていた。


「イタタタタァ……」


ひどい頭痛がする。

二日酔いだ。


昨日は、ユリと山田君と一緒に居酒屋に行った。

店を出たところまでは覚えている。

それから何かあったような気はするが、

思い出せない。


ユリが送ってくれたのかな。



1階に降りると、両親とユリと山田君が朝食を食べていた。


「なんで、ユリと山田君がいるの⁉」


「ていうかなんで、朝食を食べてるの⁉」


私は、みんなから睨まれた。


ユリは、私の昨日の醜態について、

静かな口調で話し始めた。


1つ1つのエピソードを聴くたびに

記憶がよみがえってくる。


本当にそれは、私なのだろうか。


「ユリ、私がそんなことするわけないでしょ」

「夢でも見たんじゃないの」


ユリは、スマホの写真を見せてきた。


そこには、よだれを垂らしながら、

山田君に倒れこんでいる、

私がいた。


「……私でした」


「まだ、続きがあるから」

ユリは、冷めた口調で報告を続けた。



「それで、山田君がヒカリの介抱をしてくれて」


「あー、あー、あー」


「ヒカリに水を飲ませてくれたのにさ」


「あー、あー、あー」


「山田君の顔に、水を吐いたの」


「あ~あ、あ~あ、あ~あ」


「現実逃避しても、過去は変わらないから」


ユリに怒られた。


「ユリちゃんと山田君がいなかったら、

 大変なことになってたのよ!」

「なにを考えてるの!!」


母さんからも怒られた。


父さんは、かわいそうな目で私を見ている。


信用を失うって、

こういうことなんだ。


私は、まっすぐ立ち、

涙がこぼれないように、

少し上を見ながら、


「皆様、多大なるご迷惑をおかけし、

 申し訳ございませんでした」


深々と謝罪した。


父さんと母さんも私の横に並んで、

ユリと山田君に謝罪した。


この歳になって、両親に頭を下げさせるなんて……

私は親不孝者だ。


山田君は手を左右に振っている。

気にしなくても大丈夫といった様子だ。


「大丈夫ですよ」

「ヒカリが全部悪いんで」


ユリは冷めた目で私を見ながら言った。


「ヒカリ」


「はい」


「無期限でお酒禁止だから」


「1日1本だったら……」


「さっきの写真、ありとあらゆる

 SNSに載せてもいいんだけど」


「すみませんでした」



謝罪が終わった後、


私は食卓のイスに座った。


私は、すぐに違和感に気づいた。

家の朝食は、いつもパン食だが、

今日は和食が用意されていた。

どれもおいしそうには見える。


「これ、母さんが作ったの?」


「フフフ、実はね、山田君が作ってくれたの」


「えええ!!」


「お父さんと私が、ユリちゃんと話している間に作ってくれて、

 掃除やゴミ出しとか、家の事もしてくれたのよ」


「そう……なんだ」


父さんが真面目な顔で話し始めた。


「山田君、事情は聴いたよ」

「困っているなら、家にいなさい」

「いいよね、母さん」


「はい、山田君なら安心よ」

「料理も教えてもらいたいわ」


「はぁ?」

「山田君が家に住むの?」

「なんで?」


また、みんなから睨まれた。


「もしかして、私が言ったの?」


私を無視して、話が進んだ。


山田君は必死に断ったが、

なぜか両親が山田君を説得して、

しばらく山田君が、家に住むことになった。



山田君は、家事も完ぺきで、

いつからか、母さんの料理の先生となった。


夕食後には、父さんの話し相手になり、

愚痴の聴き役にもなった。


両親は、山田君の事を相当気に入ったみたいだ。


時々、山田君はひとりで外出することがあった。

その理由を聞いたが、何も教えてくれなかった。


気になることはあったが、

平穏な生活が1か月続いた。



ある日の朝


「これから、母さんと親戚のところに行ってくるから」

「明日の朝には戻れると思う」


「山田君、ヒカリの事を頼んだよ」


父さんは、山田君の肩を軽くたたいた。


山田君はうなずいた。


「なんなのよ、それ!」

「心配されなくても大丈夫だから!」


両親は笑いながら、家から出ていった。


私は山田君に、指を差しながら言った。


「1つ確認しておくけどさ、

私が上司なの、たぶん年上なの」

「そのことを忘れちゃダメだよ」


山田君はうなずいた。



その後、私と山田君は一緒に会社に行き、

一緒に家に戻り、両親のいない家で、

ふたりで過ごした。


こんな時ぐらい料理でもしようと思い、

私は山田君の料理の手伝いをしたが、

山田君の邪魔にしかならず、

普段よりクオリティの低い夕食が

できてしまった。


山田君は笑顔で食べてくれたが、

その気遣いが、私はつらく感じた



夕食後


山田君は、衣類の入った洗濯かごを持って、

洗濯機に向かっていたため、

私は必死に止めた。


「洗濯は私がするから」

「その洗濯かごは、そこに置いといてよ」


しかし、山田君は、洗濯かごを置こうとしなかった。


「聞こえなかった?」


山田君は手を挙げて、

自分がしますよという感じで、

洗濯機のある場所に歩き始めた。


「……恥ずかしいの!!」


山田君は、私の方を振り向いた。


「洗濯かごの中には、私のやつとか……

 その……分かるでしょ!」


山田君は、何かに気づいた様子で、

すぐに洗濯かごを床に置いた。


山田君は何度も頭を下げた。


「分かってくれてよかったよ」


ギリギリで、私の中の羞恥心を守ることができた。



お風呂の後


私は冷蔵庫にある父さんのお酒を

こっそり部屋に持ち込もうとした。


しかし、山田君に見つかってしまった。


「あれれ、ジュースだと思ったら、お酒だったよ」

「エヘヘ」


山田君は、私を睨んでいる。


「違うって、誤解だよ」


山田君は、まだ睨んでいる。


「ちょっとした出来心で……」


山田君は、かわいそうな人を見る目をしている。


「ごめんなさい」


私はパジャマ姿で土下座をした。



夜中になり、私はベットの上で、

天井を見上げながら、

山田君のことを考えていた。


仕事も家事も完ぺきで、隙がない。

一言もしゃべらなくて、

性格は穏やかで、

でも顔や手には傷があって、

いつも剣を差している。


考えれば考えるほど、山田君は分からない。


でも言えることは、

山田君は優しくて、

良い人だってことだ。



私が眠りにつこうとした時だった。


ガチャ


部屋のドアが開く音がした。


誰?両親はいないし……

山田君?


薄目で横を見ると、

山田君がベッドの横に立っていた。


私を上から見ている。


「どうしたの?」


山田君は無表情で、私を見ている。


「山田君?」


「……」



私は安心していた。


こんなこと、想像もしてなかった。


信じていたのに……



体が震えてきた。


私ひとり


両親はいない


山田君と私は、

子どもと大人以上の対格差がある。


逃げることはできない。


山田君は私に手を伸ばしてきた。


「やめて!!」


しかし、山田君はやめなかった。


山田君の手が顔に近づき、

私は目を閉じ、体を抱えながら震えていた。



「えっ」



山田君は私のパジャマの襟をつかんだ。


そのまま片腕で私を持ち上げ、

部屋の前の廊下に、私を置いた。


そして、部屋の方に振り向き、

剣を構えた。


何が起こってるの⁉


急な出来事に、思考が追い付かない私の前で、

さらに出来事は展開した。


私の部屋に、動物ではない

得体のしれない化け物が急に出現した。

マンガやゲームに出てくる、ゴブリンのような

見た目をしている。


すると、山田君が構えている剣の柄から

光でできた剣らしきものが伸びて、

その剣でゴブリンみたいなやつを切りつけ、

あっという間に倒した。


そして、何事もなかったように、

山田君は、自分が寝ている部屋に

戻ろうとした。


私は山田君の足をつかんだ。


「ちょ、え、え、え、な、な、なな、何?」


私は頭の中がパニックになって、

何が起こったのか訳が分からずにいた。


山田君は、また襟をつかんで、

私をベットの上に置いて、部屋を出た。



私は驚きのあまり、何も考えることもできず、

その夜は、一睡もできなかった。

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