第2話 お酒の力

次の日


仕事の準備をするために、

早めに会社に行くと、すでに山田君が

スタッフ用の入口の前で立っていた。


「山田君、おはよう」


山田君はこちらを向いて、頭を下げる。


「昨日は、ありがとう」

「山田君がいなかったら、結構ヤバかったからさ」


山田君は照れているように見える。


「あと、昨日の昼休みにいろいろ聴いてゴメンね」

「無理にしゃべらなくて大丈夫だから」


山田君はうなずいた。




「あ、そっか、カギがないから中に入れないよね」


私はカギを開けて、山田君と一緒に

会社の中に入った。


歩きながら、私はユリの事を話した。


「私の友達に、ユリって子がいるんだけどさ」

「ユリと仕事の話をしてた時に、山田君のこと話したら、

 会ってみたいって言ってるの」

「どうかな?」


山田君は、首と手を横に振っている。


「それだけじゃなくてね、

 昨日のお礼をさせてほしいの」


私は山田君を食事に誘った。


山田君は、手を横に振って断ったが、

何度もお願いすると、

最終的には、うなずいてくれた。



仕事が終わった後、山田君と一緒に

ユリとの待ち合わせ場所に向かった。


ユリはすでに待ち合わせ場所に到着していた。


「ゴメン、ちょっと遅れた」


「大丈夫、私も来たばっかりだから」


ユリは、私の横にいる山田君を見て、驚いた顔をしている。


「おおおぅ、君が山田君だね」


ユリは、じろじろ山田君を見ている。


「身長だけじゃなくて、ガタイもいいね」


「何かスポーツしてた?」


「ていうか普通にイケメンだよね」


「本当に剣を持ってるんだ」


「なんか、いろいろすごいねぇ」


ユリは、山田君と自分の身長を比べたりしている。

……楽しそうだ。


山田君は、ちょっと恥ずかしそうにしている。


「山田君、照れてるんだ、かわいいなぁ」


「ちょっと、ユリ!」


「いいじゃない、悪いことは言ってないよ」


「そうだけどさ……」


私はなぜか、イラっとした。



私たちは、近くの居酒屋に入った。

4人用のBOX席に、山田君とユリが隣同士で座り

私は向かい側に座った。


「ヒカリは何にする?」


「私はビールで」


「やめといた方がいいんじゃないの」


「なんでよ、私の趣味はお酒なの」


「知ってるよ」

「趣味なのに、めちゃくちゃお酒が弱いってことも」


「大丈夫、大丈夫」

「山田君がいるし、ほどほどにするって」


「本当かなぁ」


ユリは、山田君に注文を聴いた。


山田君は、メニュー表を見て、

ちょっと悩んだ後、ウーロン茶の文字を指で差した。


「分かった、ウーロン茶ね」

「私はどうしようかな?」


ユリはメニュー表を見ている。



「山田君は飲まないの?」


山田君はもう一度、ウーロン茶の文字を指で差した。


「遠慮することないよ」

「それに、今日は私のおごりだからさ」

「たくさん飲んでいいんだよ」


山田君は、下を向いている。


「ヒカリ、やめなよ」


「だってさ、一緒に飲めるの楽しみにしてたんだよ」


「お酒は、合う合わないがあるから」


「でも……」


「パワハラ上司」


「えっ」


「山田君、目の前にパワハラ上司がいるよ~」


「違うって」


「山田君は大変だねぇ、ヒカリが上司で」

「他にもパワハラ受けてない?大丈夫?」


「違うの、そんなつもりじゃ……」


今日は楽しく飲むつもりだったのに。

山田君を傷つけるつもりなんてなかったのに。

なんだか悲しくなってきた。


「ヒカリ……泣いてる?」


私は自分が涙ぐんでいることに気づいて、

すぐ腕で涙をぬぐった。


「な、泣いてないよ」


「普通に冗談だって」

「軽いノリでしょ」


「分かってるよ!」


「別にヒカリにパワハラされても、全然怖くないし」


「どういうことよ!」


「山田君は分かるよねぇ」


山田君が少しニヤリとした。


「山田君、今笑ったでしょ」


山田君は首を横に振る。


「私が小さいから、バカにしてるんでしょ」

「私は山田君の上司なの!」

「分かった?」


山田君はうなずいた。


「山田君、今のもパワハラだよ」


「うるさい!」



事前にユリと、山田君自身の事を聴くのは、

山田君が嫌がるかもしれないと話していたので、

私やユリの事、仕事のことなど、

他愛のない会話を楽しんだ。


時間が来て、3人でお店を出た。




「まったく……忠告したのにさ」


ユリはあきれた顔をしている。


「やまだくぅぅぅん、2けんめにぃ、いくからぁ~」


私は山田君の腕を右手でつかんで、

歩こうとしたが、全然動かない。

両手で引っ張ってもビクともしない。

それでも私はあきらめない。


「うごけぇー、うごけぇー」


「ヒカリ、やめなさい」


ユリに山田君をつかんでいた手をはがされた。


「なんれ、わたしぃの、じゃまぁをするんだぁい」


「山田君が困ってるでしょ」


「こまってるぅ~、そんなことぉ、ないよねぇ~」

「だってぇ、わたぁしは、やまぁだの、かわいーい、じょうしぃだもん」


山田君は困った顔をしている。


「せんぱいのぅ、いうことがぁ、きけないっていうのか~」


「今日はもう解散にしましょ」

「明日も仕事なんだから」

「また今後、飲みに行けばいいよ」


「つぎぃっていつよ~」

「やまぁだは、ずっとぉ、かいしゃにいるのぉ?」

「どうなのよ~」

私は山田君に詰め寄った。


「やまだぁ~、やまだぁ~、うっ」

私はその場にひざまずいた。

「おえぇぇ~」


「山田君ごめんね」

「ヒカリはこうなったら、しばらくダメだから」

「もう行っていいよ」

「また……飲むかは分からないけど、3人で食事に行こうね」


山田君は頭を下げて、その場を立ち去った。


「あれぇ、やまぁだが、はなれてくよ~」

「なんでぇ、なんでぇ~」


「今日はもう解散したの」


「なんだとぉ、じょうぉしぃをおいていくなんてぇ、

 さいていだぞぉ」


「ヒカリが最低なんだよ」


「よっし、きめた!」

「やまぁだを尾行するぞぉ~」


「何言ってんのよ」


「だってぇ、やまぁだは、な~んにも、じぶんのことうぉ、はなさないしさぁ」

「どこの~うまのぉほねかぁ、わからないぃひとうぉ、かいしゃには、

おいておけないのだぁ~」


「私は山田君より、ヒカリが心配だよ」


「これはぁ、やまぁだのきょういくがかり~の、わた~しの、しごとなのだぁー」


私は天高く拳を突き上げた。


「ダメだコイツ」



私は山田君の尾行を開始した。

ユリは私をひとりにしておけないと言って、

私についてきた。


山田君の後を付けていると、

河川敷に着いた。


「なんでぇ、こんなところにぃ~」

「あやしぃなぁ~」


「もうツッコむの疲れたわ」


山田君は河川敷の橋の下に向かった。

そこには段ボールでできた、

簡易の家のようなものがあった。


「やまぁだ、みーつけた」


山田君は振り向き、驚いた表情をしている。


「こん~なところでぇ、な~にをたくらんでるのだぁ~」


「山田君、ゴメン」

「ヒカリの言うことは無視していいから」


「もしかしてぇ、いえがないの~」


山田君は困った表情をしている。


私は腰に手をあて、仁王立ちで言った。


「しゃかいじんというのはだぁ、たいちょ~か~んりが、だいじなのだよ」


山田君は黙っている。


「ヒカリちゃんは、い~いことをおもいついたのだ~」

「うちぃにくればいいのだ~」


「ちょっとヒカリ、何言ってるの!」


「わたしのぶかを、こんなところにぃ、おいとくわけにわぁ、

 いかないのだ~」


山田君は首を横に振っている。


「そんなにうちにきたいんだぁ~」


山田君はさらに首を横に振っている。


「はじめからぁ、すなおになればぁ、いいんだよ~」



「山田君、このままだとヒカリは、朝までここにいると思うの」

「本当に申し訳ないんだけど、

私と一緒にヒカリを家まで送ってくれないかな」

「その後、すぐ帰ればいいからさ」


山田君はうなずいた。


「わたしのいえにぃ、しゅっぱーつ、しんこうぉ!!!」


私は再び天高く拳を突き上げた。



私は無理やり、山田君を実家に連れてきた。


玄関の扉を開け、

「たっだいまー!」

「かわいい、かわいい、ひかりちゃんがかえったよー」


両親が玄関にやってきた。


「わたしぃの、やまぁだだよ」


両親は腰を抜かした。

「は、は、初めまして、ヒカリの、ち、父です」

「と、と、隣に、い、いるのが、は、は、は、母です」


山田君は頭を下げる。


「わ、わ、わたしは、は、母です」


山田君は頭を下げる。


母は恐る恐るユリに聴いた。

「ユリちゃん、こ、これは、ど、ど、どうなってるの?」


ユリは両親に山田君の事や今日の事を簡単に説明した。


「ヒカリをた、助けてくれて、あ、あ、ありがとう」

「山田君は、そ、その…、すごいよね、いろいろ」

「い、いい意味だよ、なぁ母さん」


「そ、そうよね。山田の中の山田っていうか、

山田って枠にはおさまらないというか、

 もう山田じゃないって感じで、

 あれっ、私は何を言ってるのかしら」


「ちょっと~、やまぁだは、だいじょーぶだから」

「こうみえて、すっごーく、やさしいんだよー」


山田君の方を見ると、顔を赤くしている。


「そ、そうか」

父は声がうわずりながら返事をした。


「だから~、やまぁだはぁ、うちにすむの~」


「な、何言ってんの!」

母は驚きながら言った。


「ぜーったい、ぜーったいなの~」

私は泣きながら訴えた。


混乱する両親と泥酔状態のヒカリに、

ユリと山田君は茫然としていた。



「とりあえず私が、ヒカリの両親と話をして落ち着かせるから、

 山田君はヒカリに水を飲ませてくれないかな?」


山田君はうなずいた。


山田君は私を床に座らせて、

コップの水を飲ませようとした。


「ちょっとー、なにをのませるぅきだ~」


「はは~ん、さては、これうぉわたしに~のませて~」


「なにかぁ、するきだな~」


山田君は私に水を飲ませたが、

私はその水を吐き出してしまった。


「やめれぇよぉ~」


「わらしはぁ、こういうのはぁ、ちゃんとぉしたいのぉ」



私は山田君の方に倒れ込み、

そのまま意識を失った。

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