第2話
私の必死の努力もむなしく、摂政王、ペルレ公との縁談はとんとん拍子に進んだ。
私の何を気に入ったのかはさっぱり分からないが、あのハクア離宮でのお見合い以降、度々ペルレからお出かけの誘いがあったのだ。
狩り、茶会、湖上遊宴エトセトラ……果てにはお忍びで庶民に人気のケーキ屋さんまで一緒に行く始末。
とにかくペルレは真面目な摂政王と謳われているにも関わらず、色んな遊びに精通していた。
その上、話もとても合う。
初見ではっちゃけてしまったせいか、憚り恥じらいは殆どなく、私たちは普通の貴族相手には出来ないちょっと下世話な話や庶民の生活について好きなだけ語り合った。
平たく言えば、同類。
前に奴隷娼館の話をした時引かなかったのも、嗜みがあるからだと言葉の端々に感じ取れた。
夫にしたいかと言えば別だけれど、悪友としては最高のタッグである。
それは向こうも同じだったらしく、私たちの間には甘い空気なんて一切漂わず、ただひたすら友情が深まっていった。
しかし、周りはそう思わないらしい。
私がペルレと出かける度に父は「ついにお嫁にいくのだなぁ……」と鼻水を啜り、母は「ええ、ファミ―リエ教の教祖様が仰っていた通りだわ!もっとお布施を積まなくては!」と泣いて喜んだ。
……私の結婚のために邪教に入りかけている母には心底申し訳ないが、後ろにぞろぞろと護衛やら侍女やらがついて回る事をデートだとは思えない。
しかし、貴族的にはそうなのだという。
結果、私は摂政王ペルレの婚約者としてお茶会友達を含めた大勢のご令嬢たちに、嫉妬と羨望の目を向けられる事になった。
「ねぇ、私、やっぱりペルレ様と結婚する事になるのかしら……」
目尻の小皺をほぐしつつ、しょんぼりと呟く。
私の言葉に、侍女のグラースは迷いなく頷いた。
「ええ、勿論です!お嬢様と摂政王様はこれ以上ないくらいお似合いですもの!それに今朝も大きな花束が贈られて来たじゃないですか!ペルレ様は、本当にお嬢様の事を大切に思ってらっしゃるんですよ!」
「……だと、良いわね」
グラースの無邪気な笑顔に苦笑して、私は小さくため息を漏らした。
ペルレの事は、別に嫌いじゃない。けれど、それは決して恋ではないのだ。
緩慢に顔を上げれば、鏡の中には入念な化粧を施され、豪奢なドレスを纏う私がいる。
これからペルレと仮面舞踏会に赴くと言うのに、その顔には何ら喜びも恥じらいも見当たらなかった。
「……外堀が埋まっていくのをただ見るしか出来ないって、結構切ないわね……」
「え?どうなさいました?今日のお嬢様もばっちりお綺麗ですよ?」
「……別にそういう意味じゃないけど、ありがとう。そろそろ行きましょうか。ペルレ様をあまりお待たせしてはいけないから」
ペルレに送られた、桜色の仮面をそっと被る。
桜吹雪の中で佇む人影がチラリと脳裏を過り、私はそれを振り払う様に扇をぱちんと開いた。
もう、二度と会う事はないだろう。
***
華やかな雰囲気が、居心地悪い。
ドレスの裾を閃かせ、色とりどりの仮面を付けた招待客たちを横目に、私はレモネードをちびちびと啜った。
夜会や舞踏会に参加したのは、実に数年ぶりだ。
行き遅れに足を突っ込みかけた頃から社交界に顔を出さなくなったせいで、もう知り合いが殆どいない。
故に私は、ペルレと始めの一曲(ワルツ)だけ踊り、以降ずっと壁の花を決め込んでいた。
こういうこじゃれた仮面舞踏会というのは、結局若い男女のためのイベントなのだ。
蝋燭の光を出来るだけ暗くして、行われる様々なゲーム。
「ごうこん」を思わせるノリに、つい先日「おばさん」と言われたばかりの私は、全くついていけそうになかった。
「――さぁ、夜も更けて参りました!次のゲームはこれ!今から男性の方にのみ卵をお配りいたします。中に入っているのは、衣服や持ち物等の特徴が掛かれたカード。その特徴に該当する方を探し当て、ペアを組んで頂きます。会場はこの離宮全体。期限は十二時の鐘がなるまで。ただし、我々が鴉(ハンター)として皆様の卵(たからもの)とも言うべきペアを攫いに参りますので、くれぐれもご注意を。鴉に卵(ペア)を奪われない様、皆様のご健闘を心からお祈り申しております」
黒い鳥を模した仮面の執事(テールコート)が綺麗に彩られた卵のバスケットを手に、会場の中心で高らかに言う。
その言葉に招待客たちから色めき立つが、私はげんなりとした面持ちを浮かべるしか出来なかった。
何その逃走●と借り物競争を合体させた様なゲーム。
全力でカップルを成立させようとするこの催しに、私は主催者のほくそ笑む顔が透けて見える様な気がした。
ちなみにこの仮面舞踏会の主催者というのが、ブラウ兄様の奥方、要は私の義姉である。
義姉は現国王の従姉に当たり、ペルレ公の姪でもあった。
特別交流が多いわけではないが、彼女も私を嫁に行かせようとする家族の一人に違いはない。
最後の頼み綱であるペルレと私をくっ付けようとする気迫を、私はひしと肌に感じた。
――ならば、これから来るのは。
「……桜色のドレスを纏った方、という指定を頂きましてね」
個人を特定して作られたと思われるカードを持ち、純白の夜会服に身を包んだペルレが困った様に手を差し出してきた。
その手を取り、小さく苦笑する。
私の様子にペルレはほっとした風に口角を緩めると、優雅な動作で一礼した。
「――間もなく、鴉が放たれます。レディの御身は私が命に代えてもお守りいたしますので、今宵はどうか、あなたのナイトでいさせて下さいませんか?」
気障な言葉が少し可笑しくて、思わずくすくすと笑ってしまう。
そんな私の手をペルレは優しく引くと、離宮の庭園にある湖の傍まで連れて行った。
管楽の音は遥か遠く、辺りに人はいない。
もうそろそろいいかとペルレの手を離しながら、私はすでに意味を成していない仮面をそっと外した。
「……仕組んでいらっしゃったんですのね。私が夜会を好まないとご存じだったでしょうに」
「やはり、気付かれてしまいましたか」
「こんなにあからさまなのですから、逆に気付かない方が可笑しいのではなくて?義姉様が離宮で主催している舞踏会、という時点で嫌な予感はしておりましたわ。幾ら王家に縁の深い御方とは言っても、義姉様は公爵家の御出身ですもの。流石に離宮で舞踏会を開くのに、陛下か、摂政王(あなた)様の許可を頂かないわけには参りませんわ」
「ええ、まぁ。可愛い姪に懇願されてしまいましたから」
ため息をつく私に、私の言葉にペルレは仕方なさそうに肩を竦めた。
その潔い姿勢は嫌いじゃない。嫌いじゃないが。
「……でも、あなたがそれ程私と結婚したがっているとは存じ上げませんでしたわね。こんな年増相手に、天下の美女をほしいままに出来る摂政王様が、心動かされた様にはあまり見えなかったのですが」
憮然と言う。私の強い言葉に、仮面を外したペルレは居心地悪そうな表情を浮かべた。
「始めてお会いした時から、あなたは他の方と違っていた。そこに心引かれたのですよ……と、普通ならそういうべきなのでしょうね。ですが、ローゼ嬢は聡明でいらっしゃる。幾ら虚言で偽っても、あなたは信じて下さらないでしょう?」
「ええ。伊達に年を食っているわけじゃございませんから」
「……ですが、他の方とは違う所を見込んでいるのは本当なのですよ。率直に言わせて頂きましょう。協力して頂きたいのです、あなたに。しがない摂政王などしている身ですが、一応女性の望むあらゆる希望を叶えて差し上げられる自負はございます。富も、栄華も、地位も。愛以外ならば、あなたの望むだけ。ただし、条件と言っては何ですが、あなたにも私の望みを叶えて頂きたいのです。必要なのですよ、「妻」が。妻である事以外は一切なさらなくて構いません。恋人がほしいなら一緒に見繕って差し上げますし、天にある月がほしいなどと仰らなければ、城でも、宝石でもお好きな私から搾り取って下さい。甲斐性はある方なので」
まるでカヌレを進めた時の様に、ペルレがにっこりと言いつのる。
「あなたのご家族のお悩みも無事解決出来ますし、一石二鳥だと思うのですが、如何でしょう?」と再び手を差し出され、私はつい言葉に詰まってしまった。
これは、契約だ。
ペルレの白い手袋で覆われた手を取れば、契約は成立する。
それは、ありなのだろうか。一つの、夫婦の形として。
ここ最近ずっと考えていた疑問が、再度脳裏を過った。
愛は?恋は?何もない。おまけに浮気を推奨されている。それを、果たして結婚と呼ぶのだろうか。……呼んで、良いのだろうか。
けれど、それは結局前世の感覚でしかなくて。
愛のない結婚など、貴族的考えれば至極当たり前の事なのだ。
私のために日々胸を痛める両親や兄弟たちの事を思い出し、私は小さく項垂れた。
大切に、我が儘に、育てて貰った二十六年間。
その恩に少しでも報いるために、時の権力者として君臨する摂政王に大人しく嫁ぐべきではないのだろうか――。
伸ばしかけた手を、空中で止める。最後に、これだけは確認しておきたかった。
「……一つだけ、お尋ねしたい事が。ペルレ様は、やはり、ぼーいずらぶでいらっしゃるのかしら?」
「……ええ。噂されている通りです。この世界に生を受けて二十八年間、女性に心動かされた事は一ミリたりともございません。この度も、老臣(じいじ)たちに「摂政王様が結婚なさらないのなら、わしらはお父上に申し訳な過ぎて、死んで詫びるしかない」などと脅されなければ、妻を娶ろうなどと思いませんでした。幸いと言うべきか、あなたは貴族女性とは思えない程剛毅なお方。どうか、この国のためにも、協力してくださいませぬか」
ずっと我慢していた私の不躾な質問に、ペルレは至極真剣な面持ちで答えた。
やはり、性癖はどうであれ、筋を通す男である事に間違いはない様だ。
宙で漂っていた手を、再度伸ばす。
けれどその手を捉えたのは、ペルレの白手袋ではなく、黒い皮手袋に覆われた華奢な指先だった。
月下、はためく漆黒のマント。同様に真っ黒な仮面を付けながら、その細やかな影は私を腕の中に引き抱いていた。
「――まだゲームの最中ですよ、お客様。鴉に攫われない様ご注意を、と申したでしょう?ルールに従い、卵(エッグ)は頂いて行きます。おおっと、無暗に近づかないでくださいね?彼女をハンプティダンプティにはしたくないでしょう?」
仮面の下に見える月色の瞳を三日月形に細めて、少年がニコリと笑う。
有無を言わさず抱きかかえられ、私は声を上げるのも忘れて彼の笑みに見入ってしまった。
「……全く。悪戯っ子め。子供がこれほど遅くまで起きていては駄目でしょう?」
「悪戯の英才教育を受けてきたせいですかね。教育者がよっぽど有能だったのでしょう」
頭を抱えるペルレに、少年があどけなく首を傾げる。
その親しげな様子につい呆然としていると、少年は私を抱えたまま悠々と踵を返した。
「――ゲームオーバーですよ、おじさん。それではごきげんよう。一人寂しく夜を堪能していてください」
月の下で、黒い影がひらりと跳躍する。
人気のないバルコニーまで移動すると、少年はそっと私を床に下ろした。
「……桜の精って設定はどうなったの?」
ついそんな事を口にしながら、私は訝しげに少年を見つめた。次からは鴉くんって呼ぶべきなのだろうか、なんてどうでも良い事が頭を過るくらいには混乱している。
「いいえ?今時、桜の精でも舞踏会くらい出席するでしょう。それくらい常識ですよ、おばさん」
「……おばさんだから、もう時代の荒波についていけないの」
「都合の良い時だけ年増を盾にするの止めてくれます?純情ぶったピンク、着ているじゃないですか。折角、頑張って若作りしたあなたを褒めて差し上げようと思っていたのに。これでは僕の目が悪い様に感じてしまいます」
相変わらず小生意気な様子で、少年ははぁっとため息をついた。
疲労感がどっと肩に落ちる。
けれど正直に言えば少しほっとしてもいて、私はそれを隠す様に再度仮面を装着した。
「あれ、やっぱり気になりますか、目尻の小皺。その仮面だと丁度隠れて良いですよね」
「……そんな事より。何でこんな事をしたのよ。相手は摂政王なのよ?知り合いみたいだけど、こういう事しちゃいけないって分かるでしょう」
小憎らしい事を口にする少年を一睨みして、もっともらしくたしなめる。私の言葉に、少年は考え込む様な表情を浮かべた。
「まぁ、かっとして?」
「それ、一番駄目な理由じゃない……。私が言うのも何だけれど、もしかしてご家族にも迷惑がかかるかもしれないのよ?後で、一緒に謝りに行きましょう?」
「こんな趣味の悪いゲームを考えたのは、そもそも向こうでしょう。なら、ちゃんとルールに従って頂かないと。それに、仮面舞踏会です。身分や地位を問うのは不躾と言うものですよ。だから、僕は感謝されこそすれ、罰されなくてはいけない事は何もしていません。あなたは、もっと僕を褒めるべきですよ」
私の言葉に少年は憮然と答える。
反論が見つからず、私は大人げなく唇を尖らすしか出来なかった。
「……何で、あなたを褒めなくちゃいけないのよ。私、生れて始めて、縁談が成功しそうになっていたのに」
「あんな、泣きそうな顔をして?折角縁談が成功しそうっていう女性が、おどろおどろしい悲壮感背負ってるなんて聞いた事が無いですよ。あのおじさんもおじさんです。僕なら、自分の花嫁になる女性に、あんな顔はさせないのに」
少年が私の髪を一房すくい、指で弄ぶ。
図星を刺された気持ちになり、私はぐっと息を飲み込んだ。
「……あなた、ろくな大人にならなそうね。女誑しになりそう」
「まぁ、自覚はあります。どうです?折角目尻の小皺も隠れている事ですし、僕に誑かされてみては如何でしょう?」
柔らかな笑みで手を取られ、腰を支えられる。
ドキッとした。年甲斐もなく。
「もうすぐ十二時の鐘が鳴ります。ラストワルツの時間ですよ、おばさん。僕と一曲踊って頂けませんか?折角おじさんの魔の手から救って差し上げたのですから、それくらいの報酬は頂いても良いでしょう」
「……その、おばさんっていう呼び方をやめてくれるのならね、チェリーくん」
「なら、あなたも僕の呼び名を改めるべきですよ。王子様とか、月光の騎士(ナイト)とか如何ですか?結構似合うと思うのですが」
「真剣な顔でそういう事言うのやめてくれる?殴られたくないなら、大人しく名前を教えなさいよ。あなたのせいで縁談失敗したら、クロスフォード君携えてお礼参りに行くから」
「だから、仮面舞踏会でそれを聞くのは野暮ですよ。でも、どうしてもというのなら……アイトとでもお呼び下さい。短くて、記憶力が落ちたおばさんでも覚えやすいでしょう」
私の手を引きながら、少年……もといアイトは大きくターンした。
月をそっくり埋め込んだ様な金の瞳。そこには、私の姿のみが映っている。
アイトにされるがままになりながら、私は遠くで僅かに響くワルツの演奏を耳を傾けた。
アイト。意味は、誓い。彼は、不誠実な笑みで一体何を私に誓うと言うのだろう。
「からかっているのね。年増だからって、あまり虐めず過ぎたら、泣くわよ」
「おや、随分感傷的な事をおっしゃる。先日お会いした時の威勢はどこに行ったのですか?愛剣を紹介して下さるとか言ってませんでしたっけ、あなた」
「……お望みとあらば、今すぐヒールで踏まれる感触を味わわせてあげるわよ」
「物騒ですねぇ。今夜くらいは、僕の腕の中の可愛らしいお姫様で居て下さらないんですか」
「おあいにく様。お姫様という年でもないし、十二時に帰るのがセオリーなの」
にっこりと微笑めば、見計らった様に舞踏会の終わりを告げる鐘が鳴る。
アイトの手からするりと抜け、ドレスの裾を手に、私はゆっくりと一礼した。
悪い夢の様な物語は、終了だ。仮面を取れば、私はただの行き遅れた侯爵令嬢、ローゼ・アルムホルトに戻る。
「ガラスの靴は、残して下さらないのですか?」
「残念だけれど、招待状(しるし)を忘れていくほどお馬鹿じゃないのよ」
「それは寂しいですねぇ。なら、ちゃんと見つけられる様に印をつけておきましょう」
踵を返そうとする私の手を掴み、アイトは滑らかな声で言った。
一瞬で近づいた唇に、ふわりと額に落ちる柔らかなもの。
それは羽を思わせるほどの軽さだったけれど、私には熱が一瞬で染みついた様に感じた。
「おや、扇で叩くなんて随分酷い事をなさいますね?寛大な大人なんじゃなかったんですか、おばさん」
「……これは、教育と言うのよ。舞踏会で淑女にダンス以上の事を求めるのは、有料なの」
「それはそれは。また一つ、勉強になりました」
反射的にアイトを叩いた扇を片手に、私はブルブルと打ち震えた。
もう、やってられぬ。誰か、クロスフォード君をぉ!
そんな私を見て、アイトはくすくすと至極愉快そうに笑うと、軽やかな動作でバルコニーの欄干に足を乗せた。
「では、次はちゃんと見舞いの品を携えて参りましょう。ごきげんよう、おばさん。良い夢を」
アイトの言葉と共に黒いマントが舞い、まるで最初から誰も存在していなかったかの様な静けさがバルコニーに降りる。
地面に残ったのは、彼が落としたと思われる黒の仮面だけだった。
それを拾い上げ、思わず目を見開く。
そして動揺はすぐ苦笑に変わり、私はそっと裏に彫られているものを指でなぞった。
「……全く。こんな物騒なガラスの靴、私には荷が重すぎるわよ……」
月光を受けて金色に輝く、王家の紋章。
控えめながらも確かに存在を主張するそれを頂けるのは、摂政王と十四歳の少年だと言う現王だけだった。
多分、離宮で会ったあの日から、どこかで気付いてはいたのだと思う。
幾ら高位貴族の子息でも、あれほど憚りなく王家の離宮で縦横無尽に振舞えないだろう。見つかったら、間違いなく罰が下る。
アイトの仮面をバルコニーの床に戻しながら、私はそっと目をつぶった。
誓約(アイト)。最初から嘘であると分かっていたものなのに、何故、私は落胆しているのだろう。
天上で、月が無情に輝く。
光は有り余るほど頬に降っているのに、幾ら手を伸ばしても、それに手が届く事は決してなかった。
ただ空しく、手が宙を彷徨う。
***
私、ローゼ・うんちゃら・かんちゃら・ほにゃらら・アルムホルト侯爵令嬢と摂政王、ペルレ・(以下略)・フェアシュプレヒンの婚約が発表されたのは、暖かな春の終わりだった。
同時に、現王エーヴィヒカイト・(以下略)・フェアシュプレヒンと副宰相、シュヴァーン(以下略)公爵の妹、イーリス嬢の婚約話も慎まやかに進んでいるらしい。
王家と名家の慶事に騒めく都。狂喜乱舞する両親。暖かな祝福をくれた兄弟たち。
ふと、窓の外を仰ぐ。
若々しい緑に萌ゆる木々に桜の姿はもうなく、ただ、時折風に揺らされた緑が宙を舞った。
もう、春も終わりである。
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