第3話

俺は美女の群れから逃れて椅子に戻ると、「サプラーイズ!」と叫んだ。

 これは、『必殺技』である。一度、事態をゼロとまではいかないが、ある程度はこれで元に戻せる。そう考えた末の行動だ。

 当然のように周りの美女たちはポカーンだが、これは想定内であり、俺は説明を加える。

 

「皆を少し……驚かせてみたかったのだぁ。アハ、アハ、アハハハ……」


 俺は笑いながら周りのようすを伺う。

 美女たちはきょろきょろと周りを見ながら、焦りを顔に浮かばせている。

 

 まだダメか……。

 そう思いながら、もう一押しするかどうか迷っていると、ずっと付き添っている紫髪の美女が、「アハハッ……」大きな声で笑いだした。

 それをきっかけとして美女たちは安心したように笑いはじめ、ついには大爆笑に発展した。

 

 俺はほっと胸をなでおろす。結果的にはうまくいったようだが、かなり危険な賭けだった。どうやらデレックは、このような「おふざけ」をするような男ではなかったのだろう。

 

 しばらくすると、大爆笑は収まる。

 そしてやはり、「準備をしてください」という声が上がり、再び――。

 

 ズンッチャズンッチャズンッチャズンッチャズンッチャ……

 

 という、大合奏からの大合唱がはじまった。

 

 俺は、おとなしく見守った。改めて見ると、みんな頑張って演奏や合唱しているようだ。ふざけてやっている者など一人もいない。なんだか申し訳ない――俺はそんな気持ちにさせられた。

 

 演奏が終わると、美女たちは部屋の外へ去っていく。

 俺はその背中を見ながら、拍手したいと考えたが、やめておく。そして、いつかできる日がくればいいなと思った。

 

「デレックさま、お風呂にいたしますか? それともお休みになられますか?」


「今日は休むことにする」


「かしこまりました、ではベッドへお連れします」


 お連れしますとはどういう意味かと思った。なぜならベッドはすぐ目の前になるのに……。最初は「言葉のあや」のようなものかと思った。だが、俺は周りに付き添っている四人の美女に抱え上げられ、ベッドへ連れて行かれることになる。様々なことを想定していたが、まさかここまでとは思わなかった。つい、恥ずかしくて顔が火照った。

 

 それから、やっと辱めから逃れてベッドに寝かされたが、本当の地獄はこれからだった。俺が乗ったベッドを十人の美女が運ぶのだが、重いに決まっている。さっき自分の姿を見た感じだと、身長は百八十前後で体格はぽっちゃり。八十キロ以上はあるはずだ。ベッドだけでも、あれだけ息を切らしていたのに……。

 

 俺はすぐ目の前にいる青髪の美女に顔を向ける。すると彼女はつらそうな顔を一切見せず、「ゆっくりとお休みになってくださいね」と俺に微笑みかけてきた。俺は心が痛くてしょうがなかった。彼女たちと一緒にベッドを運びたかった。しかしデレックはそんなやつではないのだろう。

 

 ◇

 

 俺の乗ったベッドは、ある広い部屋へと運び込まれた。おそらくここがデレックの部屋なのだろう。高そうな調度品が並んでいる。

 

「それではお休みなさいませ」


 美女たちは深々と頭を下げると、部屋から出ていった。だが、なぜか四人残る。もしかして……いわゆるエッチなやつか? 俺は四人の美女の動向を探りつつも、薄く目をつむった。だがすぐにそうでないことがわかった。

 

 四人の美女の内、一人は子守唄を歌いはじめた。どうやらデレックのために作られた歌らしく、「デレックさま~いい夢を~見てくださ~い」などというフレーズが入っていたりした。

 俺は笑いをこらえるので精一杯だった。

 

 次に、もう一人が俺の頭をやさしくなでてくれる。確かにこれは気持ちがいい。しかし、幼いころの記憶を呼び覚まされるような懐かしくも切ない気持ちになる。眠りやすいかというと、けっこう微妙だ。

 

 そして最後に残り二人の美女だが、俺の脚をゆっくりとさすってくれた。これはくすぐったくて身もだえしそうになる。特にふくらはぎをなでなれると、ぞくぞくして体がビクンビクンと跳ね上がりそうになった。正直言って、これが一番眠りの邪魔だ。

 

 俺は布団で顔を覆って耐えた。目を思いっきりつむり、歯を食いしばった。だが以外にも五分もすると慣れた。人間の適応力というものはたいしたものだ。子守唄は耳に染み渡ってくるようになった。頭をなでられるのは、ただただ心地よいものへと変わり、脚も同様にぽかぽかとした心地よさに変わっていった。

 

 俺はまどろんでゆく。とんでもない状況に自分が置かれているにも関わらず、のんきなものだと思うが、抗えないほどの心地よさだった。

 

 そして――気付くと朝になっていた。

 

 あたりを見まわすが、誰もいない。カーテンの隙間から光が差し込み、絨毯の模様を鋭く照らしていた。

 

「寝ちゃった……」


 試験前だから徹夜で勉強しようと思ったが、その前に少し仮眠を取ろうと思って寝たら朝になっていた――時のような気分になった。

 今、俺には考えるべきことは山ほどある。試験とかそういうレベルではない。もしかすると命に関わるかもしれない。

 

「はぁ……」


 俺はため息をもらし、そして気を取り直す。今なら考える時間がある。有効活用しよう――と思った矢先、扉が開かれる。

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主人公を徹底的に甘やかしてみた。注意、これを読んでバカになっても著者は一切の責任を負いません。 @hodaka548

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