第2話
「デレックさまはご気分が悪いようです。ベッドの準備を」
美女の一人が強張った声で指示を出すと、「かしこまりました」と一斉に美女たちは返事をし、その中の半分ほどが部屋を飛びだしていく。
俺はもう好きにしてよ、と言わんばかりにそのようすを潤んだ瞳で眺めた。
もう俺は終わった。以外に短かったな。一度でいいから一貫二千円するようなお寿司を食べたかったな……。
そんなことを考えながら、俺はぼんやりと時をすごした。
美女たちはそんな俺を心配そうに眺めている。俺を死に追いやったのは彼女たちなのだが、それはそれで色々な事情があるのだろう。
俺は彼女たちの顔を見ながら、「おかげで最後にいい経験をさせていただきました。ありがとうございます」と言って深々と頭を下げた。
なんだか、そんな気分になったのだ。死を前にして妙に素直というか、センチメンタルというか、そんな類の気分だった。
やがて俺が顔を上げると、風景が変わっていた。いや、風景そのものは変わっていないのだが、美女たちの顔つきがあからさまに変わっており、数が多い分そう見えたのだろう。
皆、本気でびっくりしていた。中にはきょとんとした顔でこちらを見返してくる美女もいる。
確かに変なことを言ったなとは思ったが、ここまでびっくりされるとは予想外だった。
「すみません……。なんか変なこと言っちゃって。気にしないでください」
謝るところではないとは思うが、この空気に耐えられそうもなく、つい謝ってしまう。
だが、美女たちは相変わらず呆けたままだ。
なんか……よけいに気まずくなってしまった。
ちょうどそこに、十人の美女たちによってベッドが運ばれてきた。一目で非常に高価なものだとわかる美しい装飾がなされたものだ。サイズも大きく、キングサイズくらいだろうか。運んできた美女たちも息を切らしている。
「え? ベッドを準備するって、運んでくるってことだったんですか?」
「あ、はい。どうぞ横になってください。お部屋までお運びしますので……」
「さすがにそれはないでしょ。俺も手伝うから部屋に戻しましょう」
「デレックさま、だめです。お怪我をなされては大変です」
「大丈夫」
もうやけくそになっていた俺は、椅子から立ち上がってベッドに向かう。俺は歩きながら、不思議な感覚を覚えた。すごく体が重い。風邪をひいた時のような体の重さだった。
それでも俺は歩いていくと途中に大きな鏡があり、特に意識もせずに視界の中に入れた。
そこには、緑色の髪をした青年が写っていた。
「え?」
俺は二度まばたきしてから、改めて鏡を見る。だがそこには見知らぬ人物が写っていた。
「え?!」
再び驚きの声を上げると、俺はその場で転び、したたかに膝を床にぶつける。
「デレックさま!!」
あわてて美女たちが俺の周りに集まってくる。
膝からは血も出ていないし、痛みもさほどない。俺は大げさだなと思いながら立とうとしたが、美女たちは許してくれなかった。
「かわいそうに」と言いながらすがりついてくる者や、「死なないで」と言いながら頬ずりしてくる者などで、俺は美女に埋もれた。むせかえるような濃厚な美女のフェロモンに包まれ、俺の脳は溶けてしまいそうだった。
そんな中、ふと淡い光が見えた。それは、とある美女の手から放たれ、俺の膝に当てられていた。改めて膝に注意を向けると痛みが引いていくのがわかる。
(魔法……)
なぜか、そう確信できた。そしてほぼ同時に、「転生」という文字が頭に浮かんできた。すると、これまでの一連の出来事が納得できた。美女たちの「あーん」からの「はい、ゴックン」についても、俺がとてつもない身分である「デレック」という男に転生したとなれば納得できる。
(うん、納得する。納得する……でも、俺はこれからどうすればいい?)
美女の唇に口をふさがれながら、俺は自分に問いかける。
まずは中身が入れ替わったことがばれない方がいいだろう。
それには、デレックという男がどういうやつだったのか知るべきだ。今、周りの美女たちが俺の言動を見て驚いているのは、デレックらしくないからと考えて間違いない。事態を把握するまでは、周りの顔色を見ながら慎重に行動しよう。
美女の胸に顔を挟まれながら、俺はそう結論づけた。
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