主人公を徹底的に甘やかしてみた。注意、これを読んでバカになっても著者は一切の責任を負いません。

@hodaka548

第1話


 気付くと俺は美女に囲まれていた。

 俺に寄り添うように左右に二人ずつ。一メートル前方のテーブルに三人。

 つまり、計七人の美女に囲まれている。また、部屋の壁には二十人ほどの美女が並んでいた。

 

 年齢は十代半ばから二十代半ばくらい。髪色も様々で、見慣れた黒や金の者もいれば、青や赤のような変わった色の者もいた。

 共通しているのは、とてつもなく美しいということと、真っ白なミニのワンピースを着ているということ。

 

 俺は引き付けられるように、美女たちの顔を一人ひとり眺めていった。

 どの美女に視線を向けても、俺に微笑みを向けているのがわかる。中には自分が見られているのを知って、にっこりと笑いかけてくる者もいた。

 

 十人目あたりでさすがに俺は気まずくなり、美女たちから目を離して周囲を見まわす。

 どうやら洋館の食堂のようだ。かなり広い。テニスくらいならできるだろう。

 次にテーブルに目を移すと、そこには豪勢な料理が並んでおり、三人の美女たちはナイフとフォークで切り分けている。

 

 やがてその中の美女の一人が近づいてくる。なぜかはわからないが、その美女の口には一切れのトマトがくわえられていた。

 その美女は俺の前で立ち止まると、トマトをくわえたまま顔を近づけてくる。

 すると左右の美女たちが「あーん」と俺の耳元でささやく。

 俺もつい乗せられるように口を大きく開けると、トマトをくわえた美女はさらに顔を近づけ、そのままトマトを口に差し入れてきた。

 

 やがて美女は俺と唇を重ね、くわえていたトマトを俺の口の中に落とすように置いていき、微笑をたたえながら顔を離していった。

 俺はトマトをくわえたまま、眼前から離れていく美女の顔を呆然と眺める。

 すると先ほどと同じように、左右の美女が「モグモグ、モグモグ」とささやきはじめた。

 

 俺は再び乗せられるように、トマトを咀嚼した。

 やがて十回ほど咀嚼すると、左右の美女が「はい、ゴックン」とささやき、俺はトマトを飲み込んだ。

 

 ここでようやく、俺はわずかに正気を取り戻し――、なんじゃこりゃ! と心の中で叫ぶ。

 

 ◇

 

 俺の名は片山亮太。年齢は二十。ごく普通の大学生だ。

 一番近い記憶は誕生日を自分のアパートで一人で過ごし、酒を飲んだ――ことだ。

 そして気付くと美女に囲まれていた。

 まさに、「なんじゃこりゃ!」である。

 できれば大声で「なんじゃこりゃ!」と叫びたいところだが、今の自分が置かれている状態がまったくもって理解できないし、さらにはそんな雰囲気でもない。

 

 ゆっくりと一人で考え込みたいところだが、さっそく次の美女が肉を一切れくわえてやってくる。

 そしてやっぱり、「あーん」からの「モグモグ、モグモグ」そして最後に、「はい、ゴックン」――である。

 正直、味が全然わからない。美女にキスされるのも、混乱しすぎてうれしさはあまり感じない。

 

(早くどういう状況なのか把握しなければ……)


 そのように思う気持ちはあるが、そんな隙も与えないように、次々と美女が何かをくわえてやってきて、考えがまとまらない。

「ゴックン」する度に、まとまりかけた思考が分解していくのだ。

 結局なにもまとめられないまま、「はい、ごちそうさま」と左右の美女にささやかれて食事は終了した。

 

 その時になってやっと、俺の思考はまとまる。


 そしてその結論とは、これはお金を巻き上げられるやつだ――である。


 俺の脳はフル回転で計算を始めた。

「ゴックン」一回につき五十万円だとして、最低でも「ゴックン」二十回はしたから、一千万円以上。それでも二千万円まではいかないはず。


(まだ舞える……)


 俺はナプキンで口をフキフキされながらそう思った。

 両親は早くに死に別れ、親戚付き合いもない。お金を貸してくれそうな友人もいない。貯金もほとんどない。それでも腎臓は二個あるし、なによりまだ若い。

 

 そんな風に考えていると、「どうかされましたか?」と耳元でささやかれる。

 驚きつつ顔を上げると、美女が心配そうに俺を見ていた。

 美女は心配そうな顔も絵になるなと思いつつ、俺は自然に返事を返す。

 

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

「…………」


 周りにいた美女たちが俺の言葉を聞き、硬直した。

 その反応に俺も「えっ?」と硬直してしまう。

 やがて左側にいた黒髪の美女が立ち上がり、高らかに叫ぶ。

 

「デレック様がお礼をおっしゃってくださいました。準備をしてください」


 それを聞いた美女たちは一瞬ざわついたものの、壁際に立っていた内の数人が部屋の外に出て行った。


(なに? 何がはじまるの? あとデレックって……)


「いま準備しておりますので少々お待ちください」


 俺の心配をよそに、右にいた赤髪の美女がニコリと笑いながら俺に告げた。

 俺は何が始まるのか? と聞こうとしたが、それよりも早く左右から体を押し付けられ、「よしよし」と頭をなでられる。


「よしよし」

「いい子いい子」

「よしよし」

「いい子いい子」


 やわらかな感触と美女の甘いささやきで俺は夢心地になっていき、なんだかどうでもよくなってきた。腎臓なんか二つどころか三つや四つくれてやってもいいようにさえ思えてくるのだった。

 また、ついさっきまでは「なんじゃこりゃ!」と叫びたかったはずなのに、今では美女の胸に包まれながら「バブー」と言いたくなってきた。っていうかもう言っちゃおうかな――なんて考えていると、扉が開いて美女たちが楽器を演奏しながら部屋に入ってきた。

 

 ズンッチャズンッチャズンッチャズンッチャズンッチャ……

 

 その数はおよそ十五人で、やがて一列に並ぶ。するとその後ろに、今まで壁際に立っていた美女たちが並び、大合唱をはじめた。

 その内容は「デレック様はー、エライ」や「デレック様はー、かしこい」などのデレックを褒めているものだった。

 また、「ありがとうと言ってくれてありがとう」などの歌詞も入っていた。

 

 俺は聴きながら、これはいくらになるんだろう……と呆然と見守るしかなかった。

 

 およそ十分ほど演奏したあと、楽器を持った美女たちは扉の外に消え、合唱していた美女たちは再び壁際に立った。

 

「どうですかデレック様。お気に召しましたか?」


 右側の茶髪の美女が聞いてくるが、どうやら俺のことをデレックという名前だと思っているらしい。そこで俺は訂正する。

 

「俺はデレックという名前ではないんですが……」


 それを聞いた茶髪の美女はすぐに立ち上がり、口を開く。

 

「今、デレック様がとてつもなくおもしろい冗談をおっしゃりました。準備をしてください」

「ちょっと待って。もういいから……。お金がないし、腎臓もやっぱり二つしかないから……。もう許して」


 そう言いながら、俺はついに泣きだしてしまった。

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