悪徳商売

増田朋美

悪徳商売

悪徳商売

ある日、杉ちゃんとブッチャーは、用事があって、静岡にいった。用事が終わってさて、これから帰るかと言って、静岡駅に向って歩き出したところ、ブッチャーが、

「杉ちゃん悪いけどさ、ちょっと呉服屋に寄って貰えないかな。どうも足袋に穴が開いてしまったみたいなんだ。」

と、言いだしたため、

「ああ、いいよ。確か駅ビルの中の、百貨店にあったはずだよ。」

と、杉ちゃんも同意し、二人は、駅ビルの中にある呉服屋に行くことにした。呉服屋は、駅ビルの二階にあった。駅ビルは沢山の人が居て、とても混雑していた。一番奥にある店が呉服屋である。洋服屋には人がいっぱいいるのに、呉服屋は暇そうな女性の店員がいるだけで客は誰もいない。

「すみませんが、足袋を一足お願いできませんかね。」

ブッチャーが近くにいた店員にいうと、

「はい、お客様の足のサイズはいくつでしょうか?」

と聞かれたのでブッチャーは、

「27センチです。」

と答えた。すると店員の女性は、はいわかりましたと言って、白キャラコの足袋を出してきてくれた。ブッチャーが、代金である1500円を支払って、すぐにはいていきたいと申し出ると、女性はお金を受け取って、パッケージを解いてくれた。ブッチャーが、ありがとうございますと言って、急いで受け取って、足袋をはいていると、

「あの、失礼ですけど、最近の着物に対する意識調査のような事を行っているのですが、お客様もご協力頂けませんか?」

と、女性はそんな事を言いだした。

「はあ、一体どういうことかなあ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「本当に数分で終わりますから。」

と、女性は、何処からか画板を取り出して、

「じゃあ、第一問ですが、お二方は、着物を今身に着けていらっしゃいますけど、何かイベントというか、式典でもありましたか?」

と言いだした。

「別に意味はないよ。ただ、洋服より、着物のほうが気楽に着られるからそれで着るだけだよ。」

と、杉ちゃんがいうと、女性は、意外そうな顔で二人を見た。

「何だ、それでは答えにならないかな?」

杉ちゃんが言うと、彼女は、困った顔をした。これを見て、ブッチャーは、この店、もしかしてと一瞬だけピンときた。

「次の質問です。どんな時に着物を着ていかれますか?食事会とか、コンサートですか?それとも展示会のようなもの?」

「そんなこと知らんわ。僕たちはただ、好きだから着ているだけで、特にどこどこへ行くために着るとか、そういう目的意識を持った事は一回もないよ。」

杉ちゃんが即答すると、女性はさらに困った顔をした。

「そうですか。では最近興味がある日本の伝統的な文様はありますか?具体的な名称をいわなくてもいいです。こういう感じとか、そういう風にいってみればいいですから。たとえば、花柄とか、木の葉柄とか、そういう風にいっていただければ。」

「ああ、そういうもんなら、僕は麻の葉と決めている。よく蜘蛛の巣に間違えられるが、それは時代の流れだからしょうがないと思ってる。何か知らないけど、麻の葉って好きなんだよね。なんか無限の可能性のような気がしてさ。アルファベットで言えば、Xと同じかな。まあ、Xをあしらった、行儀柄も嫌いじゃないけど、麻の葉が、やっぱり一番いいな。」

と、杉ちゃんはあっさりといった。

「そうですか。」

店員の女性は、困った顔をして、画板を持ち直した。

「おい、なんで今の答えを書かないんだよ。僕、読み書きできないけどさ、そういう書くしぐさについてはよくわかるから。第三問の答えは麻の葉とシッカリ書いてくれ。」

そういう杉ちゃんに、店員の女性は、さらに困った顔をする。

「お前さん、ここの店員やって何年になる?」

杉ちゃんは又聞いた。

「ええ、まだ二年です。大学卒業してすぐにこの店に入りましたから。」

と、彼女は答える。

「そうか。まだ新人か。そういうことなら、まだ可能性はあるな。悪いけど、お前さんは、呉服商売には向いてないな。其れよりも、今風の物を売る商売に転生した方がいいよ。そのアンケートだって、本当にアンケートじゃないんだろ?本当は、客の好きな着物の好みをいわせて、その通りの着物を持ってきて、それを押し売りする。違うか?」

と、杉ちゃんはデカい声でそう言った。女性は、自分の本心を当てられてしまったような、そんな顔をして、杉ちゃんを見つめていた。

「まあ、そういうことは、向く奴と向かない奴といるからな。其れに気が付かないで精神状態をぶっ壊してしまうよりも、お前さんの本当に好きな物を商売にしていくといいよ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「でも私、着物が好きで、この店に入らせて貰って嬉しいと思ったのに。」

と、女性は小さい声でつぶやいた。ブッチャーは、そう言われている女性を見てちょっとかわいそうな気持ちもしてしまった。

「まあいい。いずれにしても、僕らは押し売りをされる身分じゃないのでね。それを掴むためのアンケート何て、もうバレバレだよ。多分、お前さんの上司だったら、そういうことをかくしてうまくやるんだろうが、まあ、お前さんは、まだそれができてなかったということだな。ま、よかったじゃないか。それに気が付くことができてさ。」

「じゃあ、最後の質問です。着物という物がもっと浸透するようになるには、どうしたら良いと思われますか?」

女性は、涙を流しながらそういうことをいっていた。ブッチャーは、この女性は決して悪気はなく、わざと押し売りをしようという意思もなく、着物を売りたいという純粋な気持ちで仕事をやっているんだろうなとおもった。

「はあ、着物がもっと流行るようにするにはどうしたらいいかって?そうだな、お前さんたちのやっているような悪徳商売をやめること。これが答えだ、文句あるか!」

杉ちゃんは、ちょっと強い感じでそういうことをいった。

「悪徳商売って、、、。」

彼女の手から画板が落ちた。そんな事をいわれるつもりはないと思っていたのだろう。でも、ブッチャーも着物屋さんで、三人の店員さんに囲まれて契約をさせられたとか、展示会に行って、見るだけだと思ったら着物を契約させられたとか、着付け教室で肝心の着物を着る方法を教えてもらう前に、練習用と称して着物を無理やり買わされたとか、そういう愚痴をたくさん聞いたことがあった。どうも、着物を売る人というのは、何か問題のあるやり方で、着物を売る人が多い。ブッチャー本人もやっている、いらなくなった着物を買い取って、安く販売するというリサイクル着物というやり方もあるが、そのようなやり方は邪道だと馬鹿にする店や着付け教室が多い。リサイクルで買った着物を着付け教室に持ち込めば、馬鹿にされるし、呉服店にリサイクルで買った着物に合う帯はあるかと聞けば、そのような買い方はやめろといわれることが多い。何だかよくわからない、不思議な現象が、着物をめぐって起きていると思う。でも、ブッチャーは、着物には罪はないと確信している。着物は、新品であろうが、リサイクルであろうが、着てくれる人を待っている。

「君は本当に着物が好きなんだね。でも、そういう好きな人ほど、着物を売りたいと思えば思うほど、難しくなるのが呉服屋というものだ。着付け教室もそういうことになるかな。かと言ってリサイクル着物では、年配の人から、汚いとか変なことをいわれるばかりだしね。まあ、君のような、純粋な気持ちで着物に取り組みたい人は、着物を商売にしないほうが良いと思うな。俺も、インターネットで着物を扱ってるけどさ。まあ、こういう媒体ができてやっと、着物を着たい人に巡り合えたかな。」

ブッチャーは彼女に優しく言った。そういうことは、早くおしえた方が良いと思ったのだ。


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悪徳商売 増田朋美 @masubuchi4996

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