第3話 瞬く星の下で

「わかってるなら言わないでくださいよ」


 そう恥ずかしげに言って、それきり二人はとりとめもない話をしたのだった。

 出会ってから今まで。

 小学校の頃の想い出。中学に入ってから、高校に上がってから。


「じゃあ、また後で。先輩」

「ああ、また後で。後輩」


 締めにそんな言葉を言い合って、二人は余った個室を出たのだった。


 ペンションのオーナーが揃えた海の幸、山の幸を使ったバーベキュー大会。

 薄明かりの中、部員一同、食べたり、雑談をして、時間を過ごしたのだった。


 バーベキューも終わって、部員たちの多くは、夜更し組と就寝組に別れる。

 夜更し組は、わざわざザックに入れて持ち運んだゲーム機で夜通しゲーム。

 あるいは、トランプなどのオフラインゲームで盛り上がる。

 就寝組は、疲れて気力がないという者たちで、さっさと布団に入る。


 昌平しょうへいは就寝組で、皆が寝た頃を見計らって、起き出す事に。

 時刻は夜11時。通常なら宿泊客に配慮が必要だが、今夜は生物部の貸し切り。

 だから、気兼ねなく外に出ることが出来た。


 その少し前、


【ペンションの裏側で待ってます】


 というメッセージが勝海かつみから来ていたのだ。


 石畳で舗装された道を、かつん、かつん、と進みながら、考える。

 返事は決まっている。ただ、あの後輩の事だ。

 ちょっとカッコいい感じで決めたい。

 そんな事を考えながら。


 月明かりにほんのり照らされた彼女はとても綺麗で。

 束の間、見惚れてしまう。

 とはいえ、デニムに長袖Tシャツというラフな格好だけど。

 山歩き装備以外だと、これくらいしか運べないので無理もない。


「今夜は月が綺麗だな」


 読書家の勝海になら通じるか、と洒落た言い回しをしてみる。


「あれ、夏目漱石が言ったっていうの、創作らしいですよ?」


 気取った言い回しに、冷めた返事を返す勝海。

 ただ、その顔は楽しそうに笑っていた。


「うあああああ。それは赤っ恥をかいたな」


 洒落た言い回しをしたつもりが滑って、悶えそうになる昌平。


「っくっくっく。慣れない事するからですよ、先輩」


 勝海も笑いをこらえきれなかった。


「うるせー。ロマンチストのお前に似合った返事考えて来たのに」

「そういう凝った返事、かえって女性は冷めるものなんですよ?」

「サプライズで告白するとか、そういうのか?」

「ですです。私としてはストレートに言ってほしいんですよ」


 ただ、そう言いつつも、やっぱり顔は笑っていたのだった。


「一緒のお墓に入りましょう」

「それ、プロポーズの言葉ですよね」

「駄目か」

「駄目です」


 余人が見れば何をやっているんだろうと思うだろう。


「雨、振ってきましたね」


 素早くネットでググった言葉を告げてみる。


「思いっきりググッた言葉言わないでくださいよ」

「駄目か」

「さっきよりもっと駄目です」


 気がつけば、ふたりともすっかり笑い転げていた。


「勝海ってさ、彼氏居る?」

「喧嘩売ってますよね」

「駄目か」

「私じゃなければ、キレてますよ」


 出来るだけ、面白おかしいものにしよう。

 いつの間にかそんな雰囲気になっていた。


「俺の子どもを産んでくれ」

「いい加減に反応するのが面倒になって来たんですが」

「悪い。やり過ぎた」

「ちなみに、ネタとしても大減点ですよ」

「ほんと悪かった」


 調子に乗り過ぎた。

 そろそろ真面目に考えるか、と思いを巡らせる。

 山、星、高校、大学。関連しそうな単語を思い浮かべる。

 

(ああ、そうか。星か)


 考えてみれば、見上げれば一面の星空だ。

 そして、夏の晴れた空だけあって、天の川が見えている。


「星、綺麗だよな。都心だと全然見られないけど」

「……」

「毎年、こうやって、ここにお前と星を見に来たいな」


 少し無理やり過ぎただろうか。


「それは、先輩が大学に入っても?」

「勿論」

「大学を卒業しても?」

「もちろん」

「社会人になっても?」

「もちろん」

「老後になっても?」

「もちろん……って、何を言わせるのか」


 つい流れで老後まで約束してしまった。


「言質、取りましたからね」


 取り出したスマホには録音アプリ。


「ちょ、お前。せっかくの返事にそれはないだろ!」


 さすがに昌平もこれには思わずツッコミ。


「だって。あの様子だと、YESなのは確実でしたし」

「まあ、それは理解してただろうけど」

「だから、永久保存版にして、大人になっても振り返ろうかなと」


 そこに居たのは、普段とは違う、少し悪戯めいた表情の後輩。

 いつしか彼にだけ時々見せるようになっていった表情。


「頼む、消してくれ!」

「どうしましょうか。んー……それじゃ、先輩がストレートに告白してくれたら」

「結局、そうなるのか」

「回りくどいのが悪いんです。ロマンチックな告白とか思ったんでしょうけど」

「わかった。大好きだよ。勝海」

「う。は、はい。私も大好きです」


 途端に狼狽え始める後輩。

 ふざけあっている時は良くても、本番に弱いのが彼女だった。


「というわけで、録音したのは消してくれ!」

「そ、それとこれとは別です!」

「待て待て、ちゃんと告白したんだからいいだろ」

「いえ。これも大事な想い出ですから。一生持って行きます」

「どーしてもか?」

「はい。喧嘩した時も、これを流せば一発だと思いませんか?」

「……まあいいや。好きにしてくれ」


 想いが通じたのだ。ちょっとくらい彼女に花を持たせてもいいだろう。

 そんな少し諦めた心情でつぶやいたのだった。


「とにかく、合宿、終わったら、いっぱいデートしたいです」

「それは俺も。ちなみに、プールデートとかは?」

「なんか邪なものを感じますけど……先輩になら」

「そうそう。図書館デートとかもいいな」

「それは私も行きたいです。冷房の効いた図書館で静かに読書……」


 何やらうっとりし始めた彼女。


「改めて、よろしくな。勝海」

「はい。先輩。これから、色々楽しみです!」


 満面の笑みを浮かべた勝海と、昌平。

 まだまだ夏は真っ盛り。二人の恋路はまだまだこれから―


「しかし、部員にバレるとからかわれそうだな」


 ペンションへ変える道すがら、ふと思い出した事。


「それくらい覚悟の上で告白したんじゃないですか?」

「いや、すっかり忘れてた」

「肝心な所がおっちょこちょいですね」

「そんな所はわかってて好いてくれたと思ってたんだが?」

「はあ……まあそうですけどね」


 いつものように二人は仲良く歩いて行ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

今回のテーマは、「登山」「部活」といったところでしょうか。

登山経験の無い人にも、山を降りた日の開放感とか、

降りた後の寂寥感とかそういうのが伝わったなら幸いです。


楽しんでいただけたら、★レビューや応援コメント頂けると嬉しいです。

ではでは。

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星空の下で幼馴染に遠回しに告白してみたら大喜利になっていた件 久野真一 @kuno1234

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