第 三 十 四 話

 歯を食いしばり、床を叩いて悔しがっていた。本当に馬鹿な男だ。

「こんなタイミングに水をさすようで悪いが、まさかビーク何もしなければうまく逃げられたと本気で思っているのか?」

「何……?」

 黒原は驚いてはいたが、毒のせいで大きなリアクションは取れない。ビークは小走りで部屋の隅に行き、うずくまった。

「私がどこから来たのか分からないと言っていたな、教えてやる。お前の元いた時代よりも遥か先の未来から来たんだ」

 彼は黙って聞いていた。その目には憎しみの念がこもっている。大変、気分が良い。今度はこちらの話を聞いてもらう番だ。

「私の時代はお前には想像もできないほどに、工業技術が進歩している。そうだな、例えば一般的に身につける洋服でも防弾性能くらいは付与されている」

 立ち上がろうと踏ん張ってはいるが、膝が震えてなかなかそれも難しそうな様子だった。「お前は最強の必殺技のつもりでその光線銃を突きつけたんだろうが、私は鉄砲が廃れた時代から来た。無論、警察その対策をしていないわけがない。この制服は防光線性能を兼ね備えている」

 私は彼がしぶとく握る続けている「それ」を奪い取り、自分の腹部に向けて引き金を引いて見せた。SF映画のようなド派手な効果音は鳴ったりしない。プシュンッという小気味よい音とともに目映い光の線が照射された。 それが私に当たると線はまとまり無くばらけて、服の上を駆け巡った。そしてしばらくすると跡形もなく、消えた。

「残念だったな。どの道、私がここに来た時点で、お前はもう終わっていた」

「ふふっそうでしたか」

 その男は笑っていた。

「未来は一つに決まっているか……。あの時は気休めのつもりで言ったつもりだったんですがね。案外、その説は信憑性があるのかもしれない」

「お前は最初からこうなる運命にあったと?」

「ええ、僕はどうやら幸せになれない星の下に生まれたらしい。そう考えた方が後悔しないですむし、気が楽です」

 彼は部屋の端まで這っていき、壁にもたれるようにして座った。もう限界が近いらしく、今にも気を失いそうだ。

「最後にもう一つ、お前に言いたいことがある」

「まだあるんですか?もういいかげんにしてくださいよ」

 その口ぶりからもう、うんざりという思いがひしひしと伝わってきた。もうすぐにでも楽になりたいらしい。でも私は問答無用で続ける。

「私がどうやってお前の居る時代を突き止めたのか、ということだ。当てずっぽうのしらみつぶしをやるほど警察は暇じゃない」

 私は彼にとどめを刺した。

「調査に明け暮れていたある日、自首をしに来た男がいたんだよ。言うまでも無く君の親友のことだがね。この場所のことも彼から聞いたんだ」

 黒原はそれを聞いたかと思うと、目をつぶって動かなくなった。顔は微笑んでいたが、一粒の涙が頬を伝い、床に落ちた。

「気絶したか。なに、まだ死んじゃいないだろう。話を聞く限り、こいつはかなりネチっこい」

 小さなスレイヤーはこちらを見つめている。「もちろん、お前も来てもらうからな。なんてったって現行犯だ」

 私は小型の時間移動装置を懐から取り出して、キャップカバーを外してスイッチを入れた。すると目の前に大きな光の輪が瞬時に現れる。

「巨大なタイムマシンしか見たことがないんだったら、これも見せてやるんだったな。まあ、目が覚めたらいくらでも見られるか」

 私は黒原とビークを両脇に抱えて輪をくぐり、その時代を後にした。


 宿直室の扉がガラリと音を立てて開いた。

「先生〜、どこにいるの?」

 その女生徒は室内を見回した。でもそには誰もいない。だが机上には盆と茶の入ったコップが二つ置かれていて、そこで何かがあった痕跡だけが残っている。

「やっぱり、ここにいたんだ。どこに行ったの?先生〜」

 室内に踏み込み、もう一度呼びかけてみる。当然、返事は返ってこない。

「え、なにこれ」

 そこにはただ畳がひっくり返されていて、大きな水槽が待ち構えているだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る