第 三 十 三 話

 僕は家出少年のようなたくさんの荷物をバックパックに詰め、片手にケージを携えました。中は当然、クチバシ合成獣です。 

「じゃあ、僕達も行くとしよう。三佳村さん、坂下裕人、その他の研究の糧となった全ての生物や物と共に……」

 僕は斗森と同じように数字をいじり、中に飛び込むよう入りました。

 僕が出た先はお馴染みのグラウンドの中心だったのですが、後者は僕の知っているようなオンボロではありません。と言っても行き先の時間は僕が設定しましたし、この学校が現役で活動しているのは大体予測が出来ました。人目につかないように深夜にこの時代に来たのも大正解だと確信してしました。

「斗森は大丈夫だろうか?」

 いきなり出現した冷蔵庫から飛び出し、誰かに目撃されて焦る斗森を頭に思い浮かべました。多少の不安はよぎりましたが、そこまで僕は心配していませんでした。彼も馬鹿ではありません。もしそんな状況に陥ったとしてもなんとか上手いことやるはずです。

 それに僕は人の心配をしているような余裕はありませんでした。

「ひとまず、宿を探さないとな」

 僕はやっと目が慣れ始めた暗闇の中、後者を後にしました。

 

 目の前の男は話に区切りをつけて、チャに口をつけた。

「後はご存知の通りだと思いますが」

 私はずっと話を聞いていて感心していた。

「こんな馴染みのない時代で、さらにテクノロジーが似合わない田舎だ。慣れるのに骨が折れただろう」

「ええ、大変でしたよ。極端に言えば、僕にとって技術や科学というのは生まれた瞬間から身近な物でしたから。現代人が縄文時代に飛ばされて耐えられるわけがない」

 彼の感覚で言えば、この場所も原始人がいた時代と大して変わらないのかも知れない。その認識は歴史を冒涜しているとさえ私は感じた。

「よく教師になんて成れものだ。金だって、最初のうちはどうやって工面していたのか見当もつかないな」

「全て、僕の時代の技術で偽装、それ以外の説明が要りますか」

 黒原は話疲れたようでもう、どうでもいいという気持ちが伺えた。

「罪の意識なんて、とうの昔に失くしたか」

 黒原は鼻で笑った。

「分かりませんが、きっとそうなんでしょうね。でなければ教師なんて仕事、気を保ってられませんよ」

 きっとこの男は特別な技術が必要なさそう、という理由でこの仕事を選んだのではないか、と私は察した。それは楽をしたいとかそういう理由ではなくて、この時代で自分にできそうな職業を探した結果だろう。本当に見上げた根性の持ち主だ。「幸せになりたい」という気持ちが人一倍強く、それを曲げることなくそのまま行動に移す事ができる。一体、どこでこの男の人生はねじ曲がってしまったのか?

 彼の話をもっと考察したいところだが、さすがに仕事に戻らないとまずいだろう。

「まあ、ものを教えるというのは生半可な知識ではできないですし、子供と接するのも僕は不慣れでした。だから結局、今みたいな生活を手にするのは大変苦労したんですがね」

 私は手錠を取り出した。

「面白い話をありがとう。そろそろ連行されてくれるかな」

 彼は私の声がまるで聞こえていないかのように話し続けた。

「そう、大変苦労した。そうしてやっと手に入れたこの生活を、何の抵抗もする事なく、ドブに捨てると思いますか!」

 黒原は勢いよく懐からキラキラ光る金属製の「何か」を取り出し、私に向けた。

「あなたが一体どこから来たのか知らないが、一応説明してあげますよ。この時代の人間には想像もつかないほどのオーバーテクノロジー、電気光線銃だ」

 それには銃口と呼べるものはなく、先端は鋭く尖っており、つるりとしたボディに持ち手と引き金が付いていた。

「それは……困ったな」

 長い話を聞かせて、不意を突くのが彼の作戦だったのだろうか?だとしたら中々の智将だと思った。私は完全に油断していた。今やもう、あの不快でゆったりとしたオーラは見る影もなかった。

「困る必要なんてありませんよ。あなたはここでもう死ぬんです。安心して下さい、痛みを感じるまもなく一瞬であの世へと……」

 黒原は急に喋るのをやめた。それは何か、この瞬間に気がかりなことでも発見したようにピタッと黙りこくった。でも自分を追ってきた警官に大見えを切っている時に、「気になる」ような事とは一体なんだろう。彼は足元をじっと見つめていた。私も同じように視線は少し下ろしてみる。

 その光景には少し面をくらったが、確かに合点のいく話だと私は思った。

「こんなこと聞かれたくないだろうが、今、どんな気分だ?」

 黒原は答えた。

「いつかはこういう目に合うんじゃないかってずっと考えていた。それはもう生物実験に携わり始めた頃から考えていたかも知れない。そうか、これが僕の最期か……」

 彼は膝から崩れ落ちるように倒れた。その近くにはビークが屹立していて、つぶらな目で黒原を見つめていた。

「まさに懐刀。いや、伝家の宝刀だな、これは」

「見くびっていた。こいつの習性は知り尽くしていたはずだった。こんなすんでの所で裏切られるとは」

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