第 二 十 九 話
悪友たちへ
こんな事後報告の手紙を書く羽目になるとは、正直思いもしなかった。単刀直入に言うと、いや書くと私は坂下裕人の「中」にいます。突然姿を消した私をもし、血眼で探していたりしたらごめんなさい。
あなたたちはこの事実をバッドエンドと受け取るかもしれないけれど、それは視野が狭まっているせいよ。もっとワイドに、物事を俯瞰しないと。私事のために技術とたくさんの命を弄んだ女に少し裁きが下っただけのことなの。
なぜこんな事をしたのかと言うと、単純に計画成功の為にはこうするしかなかったから。それ以上でも、以下でもない。元々、事の発端は私がどんな風にして生まれたのかをあなたたちに話してしまったことだから。ちょっと責任感じちゃってね。
あと、意外とこの世からいなくなることへの恐怖感みたいなものは感じていないのよ。でもそれは当たり前の事なのかもしれない。だって坂下裕人を使って生まれた命が元の場所に帰るだけなんだから。今までプラスだったものがゼロに戻るだけのこと。だから気にしないで、安心して私のことなんか忘れて。
あとは……犠牲になることで実験の結末を見届けられないのが、少し残念ね。私が生まれて初めて一生懸命にやってきたことだからまあ、多分成功するでしょうけれど。
ああ、書いた書いた。この時代に手書きのアナログな手紙を認めるのも中々オツなものね。じゃ、バイバイ。
追伸 あなた達のこと、出会った時から根暗そうで嫌いだったわ。 三佳村
読み終わった瞬間に僕の体の全身の力は抜け、積木でできた建物に力を加えた様に崩れ落ちました。
「嘘ばっかり……。怖くないわけがないだろうに。最後まで俺達に気を使ってこんな友達と文通する様な調子の遺書を残したんだ……」
「どうして、あなたがいないと意味がないじゃないか。バッドエンドと受け取るかもしれない?ああ、バッドエンドじゃないか。どう考えても」
「よせよ」
坂下は気持ちの整理がつかない僕達に口を挟みました。
「それ以上言うなよ、彼女が救われない」
「あんたに何が分かるんだ!」
斗森は坂下に掴みかかろうとしましたが、坂下に軽くいなされ、床に倒れ込みました。
「本当に、良い体だよ。悲しいくらいに」
そこには事実に打ちのめされた無力な男が三人いるだけでした。
その日は一度家に帰り、汚れたベッドの上でうつ伏せになりました。特に何か体力を使ったわけではないのに、ドット疲れが体から溢れ出しました。もう、こうなってしまっては何をすることもできません。僕はそのまま外套も脱がず、泥のように眠りました。
そして翌日、僕はその保の講義を全て終えた後、科学室へ向かいました。特にその場所に用事はなかったですし、行くのも憚られる思いだったのですが何となく僕はそこに行かなくてはならないような気持ちになりました。室内に入るとそこに昨日と全く同じ顔ぶれが揃いました。
「丁度、ベストタイミングで来たな」
坂下は言いました。
「ここでまってたら二人共来てくれと思ってたんだ」
「他に行く所が無かっただけのくせに随分な言い方だな」
斗森の言い分はもっともだと思います。でも坂下には自身が言う様にこの場所で待っていた理由がある様です。
「もう終わらせるんだ。こんな下らないこと」
「下らないって……じゃあなんだ、また実験でもするのか?」
「笑えないジョークだな。マジで言ってるんだとしたら正気を疑うね」
笑えない、とは弁じながらも馬鹿にするみたいに鼻で笑いました。
「自首するんだよ、自首。これまで私を含めたみんなでやってきた事は立派な犯罪だ。自分の罪を懺悔して、それで全部終いだ」
僕は自分の耳を疑いました。何故なら一番狂人だと思っていた人が、こんな場違いである種「真っ当」な事を言うとは考えもしなかったからです。
「あんたこそ、中々のことをほざくじゃないか。そんなことしたら俺達、タダじゃ済まないだろう」
「おいおい、随分生半可な気持ちでこの研究をしていたそうだな。今の発言で察したよ」
斗森はぐっと歯を食いしばっています。
「刑罰を受ける覚悟もないのに命を扱うからこんな結果になるんだよ」
それは確かにぐうの音も出ない事実でした。というよりも、この実験はまだ人類には早過ぎたのかもしれません。死んだ命をどうこうしようと考えるのは神の領域と言っていいでしょう。そんな力自在に扱えるわけがなかったのです。
「嫌だね、俺は反対だ」
「君はどうなんだ?仮に多数決を取るなら君の意見次第だよ」
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