第 二 十 七 話

 僕は嫌な予感がしました。時折斗森が見せる、お構いなしに突っ走ってしまうあの感じ……

「斗森君にどんな責任があるのよ」

「この実験の発案者は俺です。どんな手を使ってでも、坂下裕人を作り上げてみせます」

「バカ言わないで!あなたはまたすぐにそうやって」

 斗森は「はあ」と息を吐き、何もない地べたに座り込みました。

「やっぱり、言うんじゃなかったな」

 それから僕達の仲は悪化する一方でした。それでも斗森が言ったように毎日の観察は続きます。見るからに以前より会話の数も減ってきていました。

 それに加えて観察対象も人間になりそうな様子もない。こう言っては何ですが、まさに地獄の空間でした。目を背けて逃げてしまいたかったです。でも残された二人のことを思うとそんな事はできません。その時はそうやって耐え忍ぶように毎日を過ごしていたのです。

「帰りましょう、今日も合成は終わらなかった」

「そうですね」

 必要最低限の会話、そしておそらく不幸であろう未来に向かって進んでいく時間は悠久に感じられました。

 観察対象が急激に人間に近づき出した、あの日までは。

 

 ある日から、三佳村さんはぱったりと姿を見せなくなりました。

「今日も来ないな、三佳村さん」

 斗森は何も言いません。仲違いしたままだったのでそれはもう寝覚めの悪かったことでしょう。

「なんだかんだ言って、こいつの調子も良さそうだし」

 こいつとはもちろん坂下のことです。あそこからもっと異形じみた姿になっていくのかと思いきや、意外と奴は人間の体形を取りもしていきました。

「三佳村さん、連絡取ろうとしても繋がらないし、もう会えないのかな」

「もういいだろう、黒原。あの人は元々、生物実験自体を嫌っていた。俺達とはやっぱり相性が悪かったんだ」

「だからってさ、ここまで一緒に頑張ってきたじゃない。一度でいいから今のこいつを見てくれたらなあ」

 もう会うこともないだろうよ、と斗森は不貞腐れていました。三人で生み出してきた様々な生物やふざけたような道具に想いを馳せながら、僕は目の前の命を眺めていました。

 それから坂下裕人は見違えるほどに坂下裕人に近づいていきました。

「見違えたな、やっぱり予測機は間違っていなかったんだ」

 好調な状況とは裏腹に、斗森は納得がいっていない様子でした。

「絶対に何かおかしい」

「おかしくなんかない。高い精度を誇る予測機の読みが当たった、それだけのことだ」

「まあ……結果だけ見ればそうなんだろうけども」

 彼のテンションが乗り気ではないので、僕もなんだか素直に喜べなくなりました。

「ねじ曲げられたような不自然さを感じるんだ。何だか作為的に力が加わっているような」

 彼は自分が理解できないことを放っておくのが気持ち悪いようでした。

「いいじゃないか、うまくいってるんだから」

 僕は渋々ではありますが、彼を納得させました。「もう一回、電話かけてみるか。三佳村さんに」

 この実験は三佳村のために始めた実験ですから、なんだかんだ言って彼も成果の報告をしたいようです。

「繋がらなければ、学生に聞き込みをしてみよう。なんとしてでも探し出すんだ」

 僕は坂下裕人の行方について調査していた頃を思い出しました。あの時はどうしても答えが見つからず、三佳村さんに答えを聞いてしまったのです。でも今回はそうはいきません。

「ああ、俺達三人、そしてこの坂下裕人が揃うことで無事にハッピーエンドだ」

 そう意気込んだはいいものの、もちろん電話は繋がりませんでした。その後刑事ばりの聞き込みも空しく、手がかりさえ掴むことができませんでした。

「どういうことだ……?どこに雲隠れしたらこんなに跡形もなく姿が消せる?」

 僕達は本格的に彼女のことを心配し始めました。

「警察にも連絡した。安心しろ、この世界からなんの痕跡も残さずに消えるなんてことは不可能だ」

 三人で坂下裕人を迎えたかったのに奴はもう成人男性の体を形作り、完成間近のところまで来ていました。

 

 それから一週間ほど経過したある日、あまりそこから坂下の変化が見られず、フラスコの前で僕達が居眠りをきめていると、バシャっという水をかくような音で目が覚めました。僕はハッとしてフラスコに目をやると、そこには何も入っていませんでした。

「おはよう、気分はいかがかな?」

 斗森は僕以外の誰かに話しかけているようでした。

「ああ、あんまり最高の気分とは言えないな」

 その返事はフラスコの背後、ちょうど僕からは見えない位置から聞こえてきました。

「この世に生を受けて、最初に見るのが男二人……母がいないのでは気も滅入る」

 するとそこから見たことのある顔の男が全裸で現れました。

「坂下……裕人か?」

「おめでとう、君たちの実験は見事に成功したわけだ」

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