第 二 十 五 話
人間の材料をついに見つけたのか、と私は目の前の男に問いかけた。恥ずかしい話だが、私はもうこいつを連行する仕事なんかどうでもよくなっていた。早く続きが聞きたい。黒原マジックにまんまと引っかかってしまったのだ。
私に質問に対して、黒原は何をいうでもなく、ただ俯いていた。
「私は科学者でも何でもない。だから興味本位で聞くんだが、人間っていうのは一体何を混ぜたら出来上がるんだ?」
答えを促すように、私は聞き方を具体的に変更した。
「そんなの、聞く意味なんてないですよ」
やっと口を開いたと思ったら、黒原はそんな風なことを言った。
「確かに、僕達はやっとの思いでその答えにたどり着きました。でもそんな答えはまやかしにすぎなかった」
黒原はゆっくり鼻から息を吸い込み、再び口を開いた。男はまた、数奇な物語を語り始めた。
「案外、簡単に揃ったわね」
三佳村さんは坂下裕人になるであろう素材を眺めて言いました。先ほども言ったように、人間の素材については詳しくは言いません。というより数も多かったので、あんまり覚えていないのです。なぜ記録に残しておかなかったのかというと、単純にこれ以降、人を作る予定なんて無かったからです。人間を作るにはあの科学室では手に余るので、僕達は実験場所を坂下裕人の城に移しました。
「このでっかい丸底フラスコ、真っ黒にするのは苦労しましたね」
「でもさすがにこの瞬間だけは、この目で見ないと気が済まないわ」
三佳村さんは巨大な黒い球を見つめました。
「ここはあの人が見つけた場所。ここで蘇生できるなら本望でしょう」
僕と三佳村さんは使い終わった黒の着色スプレーを投げ捨てました。
すると斗森がダンボールを抱えてやって来ました。
「あと、これ坂下裕人たらしめる重要な素材」
斗森は以前に三佳村さんが奪還した坂下の思い出や、彼の手帳を持ってきました。ずっと準備室の隅で埃をかぶっていたのです。
「ああ、そうだった。それを忘れたら何の意味もない」
僕達は一旦、集まった材料を机の上に並べてみました。予測機の表示とも見比べてみます。確かに何一つ忘れることなく、そこには全て揃っています。
「何だか実感がまるで湧かないんだけど、本当に成功するのよね」
「ここ数週間の間、予測機は一度も予測を外していません。十分に信頼できます」
巨大なフラスコの中にたくさんの具を投入していきます。
「素材の量が多いな、これまでにないくらい」
「多少合成に時間はかかるかもしれないが、問題ないだろう」
これまで使ってきた合成装置を接続し、実験の準備は整いました。
「では、いきます」
僕は三色のスイッチを入れました。目の前の物体は中身を少しづつ溶かし、人間を作り出す繭ヘ変貌しました。その光は薄暗い部屋を優しく照らします。ここまではいつも通りなのですが、斗森の言うように合成にかなり時間がかかっています。今までの合成はせいぜい一分もかからないうちに終わっていたのにです。
「なあ、こんなにかかるものだろうか?」
「分からない。見守るしかないさ」
そしてそこから僕達はその光球を四時間見守り続けました。
「ダメだ!全く終わる気配がない」
斗森はついにしびれを切らしました。
「というか、さっきから何も変わってないんじゃないのか?これ」
「これまでたくさんの合成を見てきただろう。ひっつきませんでした、なんて結果は今まで見たことがない」
そう言う僕も気持ちが切れて、床に寝っ転がっていました。
「ねえ、今日はもう帰らない?」
三佳村さんは言いました。
「でもここにこんなの放置するの怖くないですか?」
「それを言うならこんな中身が全部ラボみたいな旧校舎も放置してられないだろう」
斗森はぐっと背伸びをしました。
「大丈夫さ、こんなとこ誰も来ない」
翌日、講義終わりに来てみると、それは昨日と全く同じ状態でそこにありました。
「人が来たような形跡は……無いな」
「あっ見て、ちょっとだけ合成が進んでいるみたい」
フラスコの中には入れた素材の原型はどこにも無く、中心に一つの球体が浮かんでいるだけでした。
「これが要するに核みたいなものだろうか」
「でも一日経過してやっとこれか?今日帰るまでに手足の一つでもニョキニョキ生えて欲しいものだ」
結果としてはその願いは叶わず、なんだかよく分からない突起が一つ膨らみ始めたくらいでした。
「じゃあ、さよなら」
「退屈で気が滅入るのも分かる、でも待ちましょう。この時のために頑張ってきたんだから」
そこから大学に行き、タイムマシンで進行状況を観察しにくると言う日々がしばらく続きました。僕は形成されていく坂下裕人を見てなんとなく、違和感を感じていました。
「なんていうか、頭部がやけに大きくないか」
「何が」
それは丸い体に小さな手足が四つ生えた体、その胴体と同じくらいの大きさの頭が付いた様相でした。
「そんなことないだろう。お前は胎児の画像を見たことがないのか?こういう感じだぞ」
「そうか、そうだよな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます