第 二 十 四 話

「この研究をもそうだけど、大学の勉強もしっかりね、黒原君も」

「分かってますって」

 僕達は苦笑いを浮かべました。よかった、いつも通りだと僕は安心しました。この日常がずっと続けばいいのに、と。

「あと、その予測機の話ですけれど」

 僕は都合の悪い話を切り替えました。少し気になることがあったからです。予測端末の電源を入れて、一つの組み合わせを入力していきます。

「ビークと万年筆雀の合成?」

「合成結果同士をさらに合成する。これまであまりやってこなかったことだ。で、結果を見て欲しい」

 表示された結果は何も変化していないビークの姿でした。

「これって、どういう?」

「わからないんですよ、これが。ここまでかなりの情報を与えて育ててきた予測機がこんな不可解な予測をするなんて」

 僕達は小首を傾げました。

「混ぜ物同士の合成はできないってことか?」

「でも可能な組み合わせもある」

 僕は万年筆雀を辞書蛙に入力し直しました。予測機はは金属と紙の二枚羽を生やした蛙を答えとして弾き出しました。足は鳥類独特の鋭い爪が付いています。他にも様々な組み合わせを試しました。 結果はほとんどの場合、正常であろう答えを予測機は出しました。

 ビークを素材に選んだ時以外は。

「きっとコイツが何か予測機に悪さをしているんだ」

 僕は自由に闊歩しているビークを指差して言いました。

「そんな可哀想なこと、言うものじゃないわ」

「そうだぞ、黒原」

 斗森が珍しく三佳村さんと意見が一致していたので僕は驚きました。

「じゃあ、これをどうやって説明するんだよ」

「いやなに、悪さをしているって言い方がしっくりこないだけだ。こいつが特殊なのは俺も賛成」

「予測機はおそらく間違っていない。ビークを使って合成を行っても、本当に何も起こらないんだよ」

 僕たちは急いで実験の準備をしました。

「予測が間違ってなければ、無事に戻ってくるはずです」

 斗森は心配そうにビークを抱える三佳村さんにそう声をかけました。

「うん、無事に帰ってきてね」

 三佳村さんは手を離し、トプンと奴はフラスコの中に入りました。斗森は筆箱に入っていた消しゴムを中に投げ入れて、スイッチを入れます。これまでであれば素材はその中で溶かされて一緒くたになるはずなのですが、今回は少し毛色が違いました。合成が始まっても溶けていくのは消しゴムだけでビークはどこ吹く風、と言う感じで遊泳を続けています。光が弱まるにつれて消しゴムはビークに吸収され、跡形もなく消え去りました。

「これはまた、どういうことなのか」

 フラスコから出てきたビークは体を震わせて実験液をそこらじゅうに撒き散らしました。それを見て斗森は奴にタオルをかけてやりました。

「予測機は正しかった。これはありがたい話だ」

「そうだけど、これは今までにない現象だ。ほったらかしにするわけには……」

 わかってるよ、と斗森は少しムキになって言いました。

「いっぱいになっちゃったとか?」

 三佳村さんはビークの体を拭きながら切り込みました。

「どういうことです?」

「私たちは今まで気がつかなかったけど生き物たちには融合できる回数が決まっていて、無限に合わさり続けることはできない、とか」

 なるほど、と僕らは手を叩きました。鴨、モグラ、サソリの三種が一心同体になることで、一つの生物が併せ持てる要素がいっぱいになってしまった。つまりこれ以上の何かはビークの体に影響を与えられない、というのが三佳村さんの意見でした。

「ビークはある意味、最終形態まで到達したと?」

「どの道、この結果を見事に的中させた予測機は大したもんだと思わないか」

 斗森はその端末をパシッと叩きました。

「やめろ、ガサツがうつったらどうする」

「これまでの苦労が水の泡ね」

 僕達は笑いました。

「もうこいつは信用に足るレベルにまで達した。もう間も無くゴールだ」

「これまで通り実験を続けながら人間を形成する組み合わせを探し、予測機の最終調整をしていく、だな」

「急に現実味を帯びてきたわね」

 三佳村さんは立ち上がり、言いました。

「私達、もう何が作れたって不思議じゃないわ!」

 この会話から二ヶ月ほど経った頃、その瞬間は何の前触れもなく、突然に現れました。

「え」

 三佳村さんが予測機の画面を見て何か驚いた様子だったのでデータに不具合でもあったのかと思い、画面を覗き込見ました。そこには訳のわからない長い名前のキメラがたくさん並ぶ中に、一つ、「ヒト」の文字が確かにそこにありました。

「と、斗森!斗森っ!」

 僕は慌ててだらだら実験の準備を進める斗森を呼びました。斗森の場合は逆に、驚きで声を失っていました。

「待て、一旦落ち着こう」

 彼は言いました。

「喫茶店にでも行こう。今の俺たちは冷静じゃない」

 僕達は近所の喫茶店で安いコーヒーをすすり、帰ってきました。再度その画面に目を向けます。もちろん「ヒト」の表示は見間違いなどではありません。僕達は歓喜し、互いの手を固く握り合いました。

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