第 二 十 三 話
斗森はゴム手袋をはめた手をいじりながら言いました。そう、謎は深まるばかりなのです。それはビークのことではありません。僕は今日来た時からずっと、手袋を付けっぱなしにしている彼の手が気になって仕方がありませんでした。
「いつも戸締りしてもらってちゃ悪いですから、今日は僕がやっておきますよ」
「あ、ごめんね。気を使わせて」
三佳村さんはその日、僕に科学室のデジタルキーを渡して一足先に帰っていきました。
「じゃ、俺達も帰るかね」
斗森が出入り口の扉に手をかけた時、僕は呼び止めました。
「自分でやってて不自然だとは思わないか、それ」
「……何が」
また、間があった。と僕は思いました。斗森はいつもあまり喋りたくないことを突かれると即答できない癖があります。やはりあの手は何かあるんだと確信しました。
「その手、見せてみろ」
僕が聞いた瞬間、彼はすごい勢いで走りさっていきました。
「あ、待てっ!」
僕も続くように、駆けました。
インドア派が無茶をするからだ、と僕は子供の説教をするように言いました。久しぶりに全速力で走ったせいか、息があがって二人ともゼエゼエ言いました。
「お前に、言われ、たくはない」
僕達はまた科学室に戻ってきました。僕が見事に捕まえて連行してきたのです。
「なんで逃げる、何やら事情がありそうだな」
「別になんてことはない」
斗森は椅子から立ち上がり、僕の質問に答えました。
「怒られたくないからさ」
斗森はゆっくりと左手の手袋を外しました。僕はこのサークルに入ってから今日に至るまで、さまざまな驚くべき出来事の遭遇してきました。でも彼の腕の刃を見た時、いわゆる「驚き慣れる」みたいなことはしばらく無いんだろうなと悟りました。
彼の鋭利かつ、光沢のある若草色の腕は暮れゆく夕日の照らされて、皮肉にも美しく見えたものです。
単刀直入に言うと、彼はついに自身の体を実験材料として使ったのです。
「合成時に蓋をするのは、中の生物が逃げ出さないように、また強烈な光を抑えるためだ」
斗森はそう言いました。つまり特段、蓋がないからと行って合成実験ができないわけではありません。
「じゃあ、そのフラスコの中に片腕突っ込んで?」
斗森は黙ってうなずきました。僕は頭を抱えて深いため息を一つつきました。
「なんでよりにもよって、カマキリを選ぶかね」
「なんとでも言ってくれ、もう」
最初に違和感を感じたのは洋食屋で一緒に食事をした時でした。服についた値札を目にも留まらぬ速さで切ったり、使ったおしぼりが細切れになっていたりと今考えてみればその時にもっと問いたださなかったのが不思議なくらいでした。
「理解できるか自信無いけど一応聞いておく。なんでこんなことを?」
「改造人間に憧れがあったんだ」
斗森はコピー用紙を懐から都営だし、話を続けました。
「謎の組織の改造実験を受けて、悪と戦う宿命を背負わされたヒーロー。そういうものにずっとなりたかったんだよ」
その紙を縦、横に一回ずつ折り込み、斗森は紙面に鋭い爪を突き立てて、踊るように滑らせました。
「男の夢だろう」
喋りながら切った紙をパッと広げるとそこには綺麗な花形と模様が浮かび上がりました。
「真面目な話をしてるんだ」
「怒るなよ、分かっているから」
分かっている?一体、何が分かっていると言えるのでしょうか。
「この合成実験が人間の体に対してどんな影響を及ぼすのか、それを知る必要があった」
「だからなんでお前は人の相談することができないんだ」
「相談したら、止めるじゃないか。あんた達は」
斗森はふてくされていました。
「でもこれだけは信じてくれ。この腕は知りたいっていう知的好奇心に溺れた結果では無い。俺たちが作ろうとしているのは人間だ。そんな大それたことを成し遂げるためには、多少の犠牲は払わなければならない」
彼は掌で机をバンッと叩き、熱弁しました。その腕の凶器はまるで嘘みたいに無くなり、いつも通りの斗森の腕に戻っていました。
「この腕もだんだん体に馴染んできている。刃の出し入れも自由自在のできるようになっていたんだが、今日は朝からなぜか調子が悪かった」
「だから隠すために手袋を……」
僕は自分の考えを素直に話しました。
「いいか、その腕を絶対に三佳村さんに見せるな。一度隠したのなら最後まで隠し通せ。あの人のことだ、自分の恋人のために後輩の体が踏み台になっていると知ったら、なんて言うかわからないぞ」
翌日、僕達はいつも通り、科学室に集まり、何食わぬ顔で過ごし続けました。
「予測機の精度は着実に上がってきているわね」
斗森は心ここに在らず、という感じであまり集中できているようには見えませんでした。
「斗森君?」
「あ、はい、なんですか?」
根を詰めすぎなんじゃないの、と三佳村さんは心配するように言いました。
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