第 二 十 二 話
僕は以前に溶かされるあたりまではみたことがあったのですが、僕は空気の読める大人でしたから水を刺すのはやめておきました。
「それと、結果はどうなった?」
僕達は急いでフラスコの栓を開け、中を覗きました。その中では鴨のクチバシをつけたモグラが立派な水かきを使って自由自在に泳いでいました。
「なんだあ?こいつは」
「これまた。奇怪な……」
「でも、愛くるしいわ。すごく」
確かに目はとてもクリっとしていて、マスコットのような可愛さがありました。
「一見、サソリの要素が見当たらないが」
僕はそいつに手を伸ばしました。
「やはり、死んでしまった生物は素材に使えないということか?」
興味本位で触ろうとした僕の腕を斗森は急に掴んで止めました。
「考えてもみろ、モグラだってもう死んでいた。鴨とモグラがこんなにも見事に合体している時点でそれはあり得ない」
彼は奴の体を隅々まで観察しました。
「鴨とモグラの質量に対して、サソリがきっと小さすぎたんだ。きっとどこかにサソリっぽい体のパーツがあるはずなんだ」
結果的に、僕達は後ろ足に鋭い針を見つけました。合成に使ったのは毒サソリの死骸。猛毒を生成できるのだろうとすぐに察しがつきました。
「すまない、安易に触ろうとした」
「懐刀とはこのことだな」
斗森はとても分厚いゴム手袋で後ろ足を荒らないように抑えながら奴をフラスコから解放させることができました。
陸上(正しくは机、科学室の床の上)でも難なく活動でき、ぺたぺたと這うように移動しました。
「実験は成功した。素材に使う生物は死んでいても大丈夫だったし、哺乳類を鳥類や節足動物などの他の特質を持った生物と合成することもできた」
「あと、これからの研究で目を焼かずに済みそう」
奴は濡れたままの体で、たくさんの足跡をつくりながらそこらを歩き回りました。
「何よりでかい。これまでの生物を使った合成の中でも最大の実験結果だ」
斗森はそいつの方へ歩み寄り、しゃがみ込んで見つめました。
「こいつのおかげでいいデータも取れた、感謝しなくちゃな。そうだ、また何か名前を付けたいな」
構わないが、可能な限りクールで呼びやすい名前を頼む、と僕は彼に注文しました。彼がうんうん唸っていると、何か硬い物で叩くような音が小さく聞こえてきました。
「あら、どうしたの?」
三佳村さんの方へ目を向けると例の辞書蛙が自分の入った巨大な虫かごを内側から小石で叩いていたのです。
「おいおい、お前の体格とは割に合わないほど大きい部屋を用意したじゃないか。しかも日本庭園風のリフォームまでしてやったってのに」
僕がそう言うと、辞書蛙は部屋の透明な壁に傷をつけて「否」と記しました。どうやら、自身の住処に不満があるわけではないようです。
「きっと合成を初めて見たからびっくりしているのよ」
その字を刻むカツカツという音に引き寄せられように奴は辞書蛙の方へ向かっていきました。そして虫かごの置いてある棚をなんとかよじ登ろうとしていました。
「こら、カエルが怯えているだろう」
斗森は奴をそこから引き離しました。そのカエルはというと、物凄いスピードで何かを書き残し、置いてやった土管型オブジェの中に隠れてしまいました。
「嘴 ビーク」
大きく漢字が一文字、下に小さくカタカナで単語が残されていたのです。
「ああ、そうだった。この間、あいつがわがまま書くもんだから英語の辞書も混ぜてやったんだったな」
「なんだ、それの自慢がしたかっただけか?」
「ビーク、クチバシって意味だね」
三佳村さんはスマートフォンを片手に言いました。辞書蛙は単語だけにおいてはとんでもない知識を有していますが、結局は「辞書」蛙です。文章は書けません。
「ビーク、ね。こいつの名前ビークでいいんじゃないか」
斗森はさも自分が考えた名前かのように言いました。
「クチバシって……安直なんじゃ」
「そんなこと言ったらこれまでも全部安直ですよ、三佳村さん」
ビークは斗森の手から離れ、三佳村さんにすり寄っていきました。
「き、気をつけてください」
「大丈夫よ、多分。無闇に何かを傷つけたりしないと思う」
根拠は無いのです。今さっき生まれたばかりの生物の習性なんて、誰にもわからないのですから。でも三佳村さんの言葉通り、攻撃はしませんでした。というか、警戒心と言った類のものがその生き物から感じ取れません。
「ここぞ、という時の必殺技なのか、それとも無用の長物なのか……」
「謎は深まるばかりだな」
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