第 二 十 一 話

 その袋を机上に置き、開いて中を見せました。中には口を縛られて鳴くことができなくなった鴨、固まって動かない小さなサソリ、そしてなんだかよくわからない肉の塊が透明な袋に梱包された物入っていました。

「今日の研究素材だよ」

 斗森は冷徹に言いました。

「こんな……どうやって用意したの?斗森君」

 彼は即答しませんでした。意味深長な沈黙が僕達を包みます。

「鴨は川にいたものを。サソリは海外のサイトで買い取りました。この通り、生きてはいませんが」

「じゃあ、その……それは?」

 僕は恐る恐るその肉に指を指して聞きました。

「一見、分からないかもしれないが……モグラだよ」

「えっ!?」

 僕と三佳村さんはこれまでにないくらいに声を上げて驚きました。僕個人としては三佳村さんから坂下裕人の話を聞いた時とはまた違う、いきなり心臓をペシンッと平手打ちされたような衝撃を味わいました。

「されも、外国から仕入れたって言うの?」

 彼はゆっくりと頷きました。

「怪しいって!それ絶対に」

「俺たちの実験はもう、これくらい手をかけないといけないレベルにまで到達しているんですよ」

 僕たちとは違い、斗森は落ち着いているようでした。

「正直、三佳村さんがそう言うだろうと思って今回の素材集めは本当に最後まで悩みました」

「斗森……」

 僕は戸惑い、言葉を詰まらせました。斗森の成功のためなら手段を選ばない考え方が不安になると同時に、ここまで尽くしてきた研究を必ず形にしたいという、科学に携わる者としての意思を無碍にはできない気持ちもあるのです。

「なあ、斗森よ」

「なんだよ、お前も文句か?」

「違う。お前この間言ってたろう、僕達は運命共同体だって」

 斗森の目は穴が開くほど真っ直ぐに、僕に向けられていました。

「じゃあ、僕達にせめて相談ぐらいしてくれてもよかったんじゃないか?お前一人だけが気張る必要なんてどこにもないんだ」

 気に障らないように、それでいて諭すように僕は言い聞かせました。彼はそれを聞いてゆっくりと一回、瞬きをしました。

「確かに、相談すべきだったのかもしれない。申し訳ないことをしたと思う」

 当然の如く、彼ももう子供ではありません。一つの事に集中すると周りが見えなくなる節はありますが、話せばわかるやつなのです。

 実際に「それら」を並べてみると壮観でした。

「とはいえ、よくこんなの集められたもんだな」

「怪しげな取引をしてまで、この動物達を集めた理由を聞いてもいいかしら」

 三佳村さんは斗森が闇のブローカーか何かと繋がっていると思い込んでいる様子でした。

「主な理由としては大型の哺乳類を含めた合成実験および、素材が既に亡くなっている状態でも合成は可能なのか確かめるつもりでした。それに……」

「黒のフラスコ検証も追加ね」

 僕はこれまで使ってきた物よりも格段に大きく、真っ黒なフラスコを抱えました。

 三佳村さんによると、これが黒い理由は合成時の強烈な光を防ぐためだろうということでした。確かに昔、何かの番組で溶接工が黒いガラスの付いた保護具を使って作業をしているのを見たことがあります。

「おかげで普段は中の様子を確認できないけどな」

「まあ、いいだろう、それくらい。その代わりに動物同士がくっつく瞬間が見られる」

 斗森は暴れる鴨をなんとか押し込み、合成に使う謎液体を注ぎ、続け様にモグラとサソリも放り込みました。僕の位置からはいくら目をこらしても漆黒があるばかりで何も視認できませんでしたが、斗森は「魔女の作るシチューみたいだ」と苦言を呈していました。

 その丸底フラスコには口を塞ぐためのゴム製の蓋が取り付けられていて、用意に栓をすることができました。これまで机の天板で無理やり塞いでいたのが嘘みたいです。

「カーテン、閉めなくても大丈夫そう?」

「でも初めてですし、あんまり信用しすぎるのは怖いですよ」

 斗森は大事をとって、カーテンを閉めるように言いました。

「あと、あんまりガン見し過ぎるのも不安だ。少し離れた所から、細めで見るように。失明しても知らないぞ」

 怖いもの知らずなのか、気が細いのか分からないな、と僕は思いました。

 いつも通りに合成のスイッチを入れると、締め切った暗い部屋を暖かい光が包み込みました。

「ま、眩しくない」

「光のベールを取り払って、中も丸見えというわけだ」

「なんだかこのフラスコ自体が大きな豆電球になったみたい」

 僕達が興奮して好き勝手なことを言っているうちに、フラスコの中の生物達は煮込むように溶かされ混ざり合い、やがて一つの塊に形を成形していきました。そして手足が生え、羽だか毛だかわからない物が体を覆いました。華麗に遊泳を始めたところで光は静まりまたそれは黒い球体へと戻っていったのです。

「すごい。まさか一度形がなくなるまで溶かされていたなんて」

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