第 二 十 話

「この世でそこそこの時間を生きてきた人間には経験だとか、思い出とかがあるだろう。それが無きゃ、三佳村さんみたいに知識が不安定な状態で誕生してしまう。それとも、地球上全ての教科書のデータを詰め込んだスーパーヒューマン・サカシタでも作るつもりか?」

 斗森は安そうな椅子に、背もたれに体重を預けるようにして座りました。

「落ち着けよ、要するに単純に知識って言うんじゃなくて、もっと彼の個人的な情報を持った素材が必要になるってことだ。卒業アルバムとか、日記とか」

「そうだな。そういう風なものを合成に使えたなら坂下裕人の再現度が高くなるだろう。でもそんなものどうやって手に入れる?」

 斗森はパッと立ち上がり、三佳村さんを見つめて言いました。

「それは頭をちょっと捻れば、やりようはいくらでもあるさ」

 斗森はかなり思い切った作戦を僕らに告げるのでした。

 それから僕達はタイムマシンを使い、過去へと向かいました。過去と言っても大昔ではなく、三年ほど前です。三佳村さん(この時代ではこの名前ではない様子)が亡くなる前の時代です。

「だいぶ緊張しているな、三佳村さん」

「ああ、さっきまで同じ方の手と足が同時に前に出るような歩き方をしていた」

「大丈夫か、それ。漫画じゃないんだから」

 僕達二人は、ある一軒家の外から彼女の奮闘を見守っていました。その一軒家とは我らが坂下裕人の実家です。

「あの男が坂下か。想像よりも爽やかそうじゃないか」

「しばらくしたらマッドサイエンティスト化するとは誰も思うまいな。健全そうでかつ、健康そうな青年だ」

 僕達の会話はまるで「娘をください」と挨拶に来た男を吟味する父親のようだ、なんて事を考えていました。

「あ、タンスを漁っているぞ。何か思い出の品を探しているに違いない」 

「けど、いくら恋人だからって、そんなにホイホイ貴重なアルバムだとかを渡すものかね……」

「きっと喜んで貸すさ」

 斗森は迷いなく言い張りました。

「なんてったって、死者蘇生を試みるくらいに心酔しているんだから」

 彼の予想通り、ミッションは呆気なく成功に終わりました。

「ちょっと頼んだら、こんなに」

 卒業アルバムから、昔使っていたノート、最近挫折したという日記まで手に入れることができました。

「まあ、あっちは貸しているつもりですからね。自身の恋人を信じるのであれば、躊躇いなく渡すでしょう」

 斗森はタイムマシンの蓋をがぱっと開け、それらを中に放っていきました

「それがまさか自分自身の材料になるとも知らずにな」

「なんか悪いことしちゃったかしら」

「奴が生き返る為です。構わんでしょう」

 自分で言ってて、僕達は本当に勝手な連中だなあと思いました。

「ただ、この後揉めるだろうな、この時代の彼と、その彼女は」

「そりゃあもう、貸した、借りてないの水掛け論だろうな。でも俺たちには関係のないことだ、さっさと帰ろう」

 こうして僕達はゴールである坂下裕人のいる時代を後にし、ゴールに大きく近づくことができたのです。

 時間の移動ついでに、僕達は坂下裕人の科学の城から使えそうな機材を拝借していこうと考えました。タイムマシンの「口」の大きさ上あまり大きなものは運び込めませんが、それでもあそこは我々にとって宝の山です。

 丸底フラスコも専門店が開けるほどに大小様々な物が並んでいました。その中で目を引いたのは、端から端まで途切れることなく真っ黒に塗りつぶされているフラスコです。

「なんだと思う?これ」

「さあ……。でも坂下裕人も、僕らと同じような実験を繰り返していたはずなんだ。きっと何か意味があるとは思うが」

 僕ら二人が頭を抱えているのを三佳村さんは不思議そうに見ていました。

「え、二人ともわからないの?」

「三佳村さんは何か知っているんですか?」

 斗森は三佳村さんの方に向き直りました。

「知っているも何も、こんなのちょっと考えれば分かるでしょうよ」

 斗森は屈辱的と言わんばかりに歯軋りしました。

「へー、いつもあんなに難しいことばかり考えていると単純なものが見えなくなるものね」

 三佳村さんはここぞと言わんばかりに上から物を言いました。

「簡単な事よ、これが何か研究の役に立つのかはわからないけど。あなた達、日食とか見たことないの?」

 本当に簡単な事だったので、僕達は漆黒のフラスコを合成器具の上にそれを乗せるまでその事に気がつかなかったことをとても恥ずかしく思いました。

「なるほどなあ。早速、試してみるか」

 斗森は大きな麻の袋を取り出しました。肩に担ぐ姿はサンタクロースを思わせ、袋はガサガサと蠢いています。

「な、なんだ?それ」

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