第 十 八 話

 次に彼は万年筆とアンコウを選択しました。この組み合わせは実際に合成したことの無い組み合わせです。それでも迷うことなく、端末は一つの答えを出しました。無論、「マンネンアンコウ」です。画像はゼロから端末が作り出した物なので不鮮明ではありますが、シンボルである提灯部分の擬似餌はそのままに、胸びれに金属製のペン先があしらわれています。口の周りにヒゲのような触覚が生えていて、文豪のような風貌をしていました。

「おお、面白い!」

「でもあんまり信用するなよ。こいつがこれまでのデータを元に推測したに過ぎない」

 斗森はそれを聞いて少し残念そうでした。もし、完璧に結果を予測することが可能になれば、あとは人間「坂下裕人」が完成する組み合わを探すのみです。そうであるがゆえに、彼は落胆していました。

「なんだ、そうなのか。まあ、そりゃそうだよな」

「実験を繰り返して知識をもっと積めば精度も増していくさ」

「そうよ、何かご不満?実験発案者の斗森さん」

 斗森は言いました。

「いや、最高、最高だね」

 

 僕達は早速、今日の研究に例の「予測機」を取り入れてみることにしました。

「これは、これまで使ったことのない材料のデータを追加で打ち込んだりすることはできるのか?」

「可能だ。だけどそんなデータで予測なんてしようものなら、ただでさえ低い精度がさらに落ちるけどな」

 斗森は肩にかけているバッグから、紙でできた箱を取り出しました。それを傾けると重力に逆らえず、その中身が顔を出します。彼は辞書を持ってきていました。

「これを打ち込めるか」

「やってみよう」

 この端末は常にネットブラウザ上の全てのデータと通じており、検索して表示される物なら素材として打ち込むことができます。要するに、この世の大体の物はデータとして使用できるわけです。辞書の名前、出している出版社名から探すと、全く同じ辞書を見つけ出すことができました。

「あったあった、これだな」

「そう、そうやって選択する。で、もう片方は一体?」

 斗森は虫かごに入った雨蛙を取り出しました。

「ご多分に漏れず、その辺で捕まえてきたのか」

「その辺で捕まえてきたのは違わないが、俺だってただ我武者羅に実験を繰り返してるんじゃないんだぞ」

 三佳村さんは意外、というように目を丸くしました。

「へえ、じゃあ今回のこの組み合わせにはどういった意図があるの?」

 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに斗森は解説を始めました。

「前に行った雀と万年筆の実験で、知能に関する疑問がありました」

 頭の良さに関わりそうな要素は雀自身の頭脳しか無いのに、なぜか万年筆と合わさることで知能が飛躍的に高まったのです。

「どういう仕組みかはわかりませんが、おそらく万年筆にそうさせる要因があったのでしょう。エボナイト、鉄、インク以外の何かしらがね」

 彼は手に持っている辞書をトントンとリズムよく指で叩きました。

「それで今日持ってきたのがこの辞書」

「なんで辞書を?」

「なんでって、こうして持っているだけでも知的な感じがするじゃない」

 彼は辞書を開いて見せました。

「どうだろう。知的と言われても辞書を持ってる友達にしか見えないけれど」

 僕は辞書と雨蛙の異様な組み合わせを打ち込みます。端末が頭を捻らせて出した答えは、非常にシンプルでした。

「なんだこれ。カエルの頭に辞書が乗っかってるだけだ」

 彼が言った通り、算出された画像はキョトンと前を見据える雨蛙の頭上にミニチュアサイズの辞書がついた物でした。辞書はちょうど半分のあたりで開いていて、蛙が真ん中分けの髪型をしているように見えます。

「本当にこんなのができるのか」

「だからあんまり信用するもんじゃない。あくまで推測だ」

「私は可愛いからこの子ができればいいなと思うけどね」

 三佳村さんは呑気に言いました。でもそれは僕達だって同感です。

「それはまあ、この端末の予想が正確なことに越したことはないですからね」

 斗森は雨蛙と辞書を液体に浸すように入れました。雨蛙はこれから自分がどうなるかも知らずに、見事な平泳ぎを見せています。

「博識なカエルの誕生を願って」

 この光を使って日焼けサロンなんてどうかしらん、と僕は思いました。

「ああ、限りなく惜しいな」

 実験の結果を見て斗森はそう言いました。合成を行うと、いつも部屋の中が焦げたような匂いで充満します。なので実験の後はカーテンと窓を開き、換気するのが日々のルーティーンになっていました。

「初めてにしては、かなりマシな方だろう」

 僕は窓の鍵を開けながら返答しました。あまりにも予測とかけ離れた物が完成したらどうしよう、と僕は考えていました。精度はこれから上げてはいけるものの、それだけが心配でした。

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