第 十 七 話
三佳村さんは赤子に語りかけるように言いました。
「三佳村さんにはわかるんですか?そいつの気持ちが」
その問いに三佳村さんは即答しました。
「もちろん。だって私たち、フラスコから生まれた仲だもん」
あっけらかんとした様子に斗森は呆れていました。
「とんでもないブラックジョークですよ、それは」
なかなかに切れ味だ、と僕は感心しました。
再び、僕らが一堂に会したのはそれから二、三日経った後のことでした。それぞれ都合が悪く、なかなか研究を進めることができなかったのです。
「一人くらい誰かいなくても、実験活動はできたんじゃないのか?」
僕は斗森に聞きました。いや、と彼は僕に向き直り言いました。
「俺たち科学サークル員はすべての事情を知っている、言わば運命共同体だ。仮に実験に革新的な進歩があった時、それを見逃して欲しくない」
確かにこれまでの研究の結果には目を見張るものがあります。面白いし、興味深い。言われてみれば、自分一人を除いて二人だけで何やらとんでもないことをされるのは、なんだかずるいような気がしてきました。
「確かにそうだ、その通りだ」
「一回来なかったら、もう次から置いてけぼりになりそうな感じもするしね」
三佳村さんは言いました。それは実験に途中参加したことに対する嫌味にも聞こえました。最初に嫌がっていたのは自分のくせに。
「まあ、実際に会えなくても、できることはあるよな」
僕の発言に対して、斗森の頭上にハテナマーク浮かんでいるのがはっきりと見えました。
「何かしていたのか?会ってない間に」
僕と三佳村さんは顔を見合わせてニヤリと笑みをこぼしました。
「お手伝いありがとうございました、三佳村さん」
彼女はいえいえ、とかぶりをを振りました。ものすごく得意げな様子です。肩にとまっている万年筆鳥もそれを真似して体を震わせています。
「なんだ、一体何をしたっていうんだ!」
斗森は動揺しています。僕らのニヤニヤはとどまるところを知りません。
「こ、この実験の第一人者は俺だぞう。俺を置いてけぼりにしないでくれえ!」
なるほど、こういうことか。と僕は思いました。活動はしっかり三人で連携を取り合ってやろうと心に決めました。だって、僕が目の前の男のような気持ちを味わうのはごめんだからです。
僕ら二人が斗森に秘密で画策していたのは、当初の目標でもあった「合成を行う前の、組み合わせる材料の情報だけで、何が出来上がるのかを推測できるようにしたい」ということでした。言うまでもなく、ここで話した物以外にも僕ら科学サークルは様々な合成を行ってきていて、その結果を残してきました。ただ何となく並んでいるその情報を僕らは手始めにまとめなおし、ファイリングしていきました。そしてそれをプログラムに全て打ち込んでいきます。この研究活動においては、斗森の活躍に目が行きがちですが、僕だってやる時はやるのです。工業系の高校に通っていたのでそういう物の扱いには慣れていました。三佳村さんにはその時、データの整理を手伝ってもらったのです。
「それで一応、こんな物が完成した」
僕が斗森に差し出したのはタブレット端末でした。A四ほどの大きさで丸みを帯びていて、電源らしいボタンスイッチが端についているだけのつるんとしたデザインです。
「こいつにはこれまでの研究結果を全て食わせてある」
僕はそのスイッチを入れました。すると白い画面に切り替わり、データを読み込む挙動をした後、これまで実験で使われてきた材料をずらりと並べて表示しました。
「本当だ。律儀に時系列に沿って全てのデータが……」
「その中から適当に二つ、タッチしてみてくれ」
斗森は一番上から二つ、ミドリムシとミジンコの項目を選択しました。すると瞬時に画面が俗に言う、「ミドリンコ」の画像とデータを映し出しました。
「おお、すごい!っていうかちゃんと名称もミドリンコで表示されてるじゃないか」
斗森は興奮を隠しきれません。
「気に入ってなかっただろう、お前は俺のネーミングが」
「癪だがこの生物を発見したのはお前だからな。センスも単純だから、こいつも学習を重ねればお前ぐらいのネーミングセンスは身につくだろう」
嫌味を言ったつもりでしたが、斗森は夢中で聞いていません。
「じゃあ、これならどうだ」
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