第 十 六 話
斗森はそこらにあった机の天板をフラスコの蓋をするような形で置きました。
「よし、今だ!」
僕はいつも通りスイッチを3つ勢い良く、右方向に入れます。その際にまた強烈な光を発しましたが、僕は限界のギリギリまで目を凝らしてその中を見ていました。雀と万年筆が、中で一度形が無くなるまでに溶かされるところを確認しました。青虫はさなぎになると、一度その中で体をバラバラに分解してから蝶に変態すると聞いたことがあります。あのフラスコは新たな生き物が生まれるためのさなぎだったのです。
僕らはどんな結果がその中に残っているのかワクワクしながら光が止むのを待ちました。微かにカツカツというような音が聞こえます。きっとクチバシか爪がフラスコに当たる音でしょう。僕は用心しながら目を少しずつ開き、そこに目をやりました。
そこには見間違うことなき、「万年筆鳥」が水鳥のように水面に佇んでいました。ペン先のパーツとクチバシが同化しており、金属と樹脂の素材が雀の体に吸い付くようにマッチしていて、まるでそれは鎧を身に纏っているようです。
「おお、かっこいい」
斗森は満足げに言いました。
「我ながら、凄い技術を開発したもんだ」
「もちろん、お前はこれがどういう理屈で成り立っているのか説明できるんだよな?」
このような、これまでの人生で経験の無い不可解の事象に遭遇し続けていると、気持ちがふわふわして地に足がついていないような感覚になります。だからこそ、ふと人に確認したくなるのです。「これはおかしいことじゃない」ということを。
斗森が蓋代わりに抑えていた天板を持ち上げ、フラスコの天井が解放されると、万年筆鳥はパタパタと羽ばたいて見せました。ですが、雀だった頃のように空を飛べるわけではありません。おそらく体に万年筆一本分の重りが付いたからでしょう。斗森が「出してやろう」と手を差し出すと、嫌がるように足をばたつかせて避けました。
「逃げることないだろう。君にとって俺の手は唯一の蜘蛛の糸なんだぞ」
「そんな乱暴しちゃダメよ、私に任せて」
三佳村さんはフラスコに駆け寄り、万年筆鳥の目線と同じ高さまで手を下ろし、ゆっくり寄り添うように近づけました。すると何も臆することなく、掌に飛び乗って、身体を震わせて水気を取るようにしました。
「一体、なんの差があったんだ?」
斗森は自身が元来持っているガサツさに自覚があまりないようです。
「一実験体としか思っていないからじゃない?」
斗森を諭すように、三佳村さんは言いました。
「私たちが産み出したんだから、この子は家族同然よ」
「家族?ああ、なるほど……悪かった、スズメンヒツ」
「だから、ネーミングセンスどうにかならんのか」
駄弁っていると、家族兼実験体が三佳村さんの手を突きました。彼女はくすぐったそうにしていて、やめさせようとその手を見ると、黒い痕のようなものが残っていました。
「これは驚いた!」
斗森はその手を見て叫びました。
「インクを入れたままにしておいて正解だったな、こいつはクチバシがそのまんまペンになっているんだ」
試しにコピー用紙の上に乗せてみると、スラスラとペン型クチバシを走らせて、円の中に表情を描いたスマイルのマークを描いてみせました。自分の何倍もの大きさのキャンバスに絵を描く様子は芸術家のように達者に見えました。
「すごい!あなた頭が良いのね」
「妙だな。雀と万年筆意外何も混ぜてはいないのに、なんでこんな知能を?」
僕は疑問に思いました。キテレツな結果には何度も驚かされてきましたが、こればかりは今までのルールから外れているような気がしてなりません。
「分からないが、きっと万年筆のせいじゃないか?」
僕は余計に訳がわかりません。斗森は僕の気持ちを察した様で、こう付け加えました。
「ほら、万年筆ってさ、文豪が使ったりして、高尚でかっこいいイメージがあるだろう?」
ある、と僕は答えました。そんな理由で雀の知能指数が上がったのでしょうか?斗森も本当のところはよく分からないのでしょう。彼にとってもこれは予想外の結果だったのです。
「もっと教え込めば、自分のサインとか書き始めるのかしら」
「本格的にペットにしようとしていますね、三佳村さん」
僕は適当な場所に腰掛けました。
「別に構わないんですが、実験資料の一つだということを忘れないでくださいね」
斗森は口をすっぱくして「そいつ」は貴重な研究の過程なのだということを三佳村さんに言っていました。生まれたばかりの「そいつ」は三佳村さんの方を向いて首を傾げています。
「あなたのお父さんは冷たい人ですねー、なかなかあなたの気持ちに気づいてくれない」
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