第 十 四 話
「驚きだな。こんなことまでできるのか」
「正直、生物以外の合成はこれまで試したことは無い。俺もあんまり原理はわからないんだよ」
おいおい、と僕は少し不安になりました。
「大丈夫さ、これから少しずつ理解していけば。生き物に使った器具が物にも使えた、今はそれだけでいい」
根拠のない自信なのでしょうが、ここまで清々しく断言されると僕もなんだか大丈夫な気がしてきました。
「ほら次、三佳村さんの番ですよ、何入れるんです?」
「え?ええと……じゃあ。これ」
三佳村さんは焦りながらポケットに突っ込んだ手を、僕らの目の前で広げました。そこのは小銭が三枚ありました。
「百円と十円と、一円玉?」
「だって何も用意してなかったんだもん」
「というか、三佳村さんってポケットに直接お釣り入れるタイプの人だったんですか?」
ちょっと意外、というように斗森はにやけました。
「いや、違うわよ?今日はたまたま。さっきコンビニ行ったところだったから。本当よ?」
「はいはい」
僕らは悪童のように笑い続けました。
もう、と憤懣した気持ちを腕にこめ、三佳村さんはフラスコの中に小銭を投げ入れました。それは初詣でお賽銭を投げ入れる姿によく似ていて、微笑ましかったです。
準備室が強烈な光に包まれた後、フラスコの中を覗くと、そこには奇妙な物体がその中で漂っていました。
「百十……一?」
そこには確かに一が三桁、ゾロ目で並んで刻まれている百十一円玉が存在していました。
「嘘だろ?さすがに斜め上だ」
花、若木、鳳凰堂がミックスされたハイブリッドコインです。赤銅色と銀色の横縞模様が魅力的でした。
「かなりユーモアのある活動をしていたんだな、僕たちって」
「さあ、どんどんやろう!次だ次!」
僕たちはそれからも半分遊ぶように、たくさんの組み合わせを試していきました。中でも傑作だったのはやはり、僕が家から持ち寄ったギターと、タイムマシンのあった倉庫の片隅に置かれていた薬缶を混ぜ合わせた「ヤカンギター」でしょう。ボディの部分が丸々夜間で出来ていて、適当に弦を鳴らすと空洞に響き、銅鑼のような音色を奏でる逸品です。
「楽しかったよ、今日は」
「ああ、楽しかった。その上、興味深いデータもとれた」
「万々歳、だね」
僕らはもうちゃっかり常連になりつつある洋食店で、喜びを分かち合いました。三佳村さんも今日は僕らと同じ客です。
斗森は使い古した手帳を横目に、ナポリタンをがっつきました。
「でも今日やったことが本当に役に立つのかな」
「ゴールは果てしなく遠い。だからこそ、どんなにしょうもないデータでも泥臭く集めていかなくちゃ」
三佳村さんは熱々のカニクリームコロッケをお冷やで流し込み、言いました。もうすっかりマッドサイエンティストに仲間入りした様子です。
「ええ、その通りです。しょうもないというのは余計ですがね」
ケチャップソースが弾けて、彼の白いシャツに付着しました。当の本人はあまり気にしていない様子です。それどころか、シャツに安い金額が書かれたタグが付きっぱなしになていました。
「おい、これ付いたまんま」
ああ悪い、と言い背中に付いたそれを彼は手で隠しました。
「さすがにもうちょっと身なりに気を使ったらどうなんだ」
「そうよ、ダサいとモテないわ」
「構いませんよ、俺は」
と喋る斗森の手にはそのタグが握られています。それをおしぼりと一緒に適当に置きました。
これが一番最初、僕が不思議な感覚を覚えた瞬間でした。服に付いているあの値札はナイロン製の紐で繋がれています。手で引きちぎるなんてことは到底不可能です。
「お前、ハサミか何かを持ち歩いているのか?」
斗森は意味がわからない、という顔をしていました。
「いや、なんで?」
無造作に捨てられたそのタグは紐の部分がきれいな断面を保っており、それは確実に「切られた」跡でした。
「だってそのタグ、どうやって切ったんだよ」
斗森は僕の言葉で何かに気がついたようです。
「ああ、そうそう。めちゃくちゃ小さいハサミをペンケースに入れてる。とっさの時に便利だぜ。今みたいな時や、鼻毛だって切れる」
「なんか、斗森君っておじさんみたいね。年下とは思えない」
「いや、三佳村さん。あなたフラスコから這い出てきた時から数えたら、俺達の方が断然年は上ですからね」
そう、ハサミを持ち歩いている。それで辻褄は合う。何もおかしいところは無い。でも僕にはそんな簡単なことだとは、なぜか思えなかったのです。何かマジックみたいな仕掛けがあって、一瞬でタグを切って見せたような……そんな気がしたのです。
「どうしたの?黒原君」
僕は声をかけられてハッと自分の思考の渦から抜け出しました。
「何回も呼んだのに、全然気が付かなくって」
「すみません。少し考え事をしていまして」
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