第 十 三 話

 三人の間に沈黙が訪れました。あまりにも意外な発言で呆気にとられてしまったのです。

「ちょっと、三佳村さん!サボってないでこっち手伝って!」

 夕飯時だから飲食店にとって多忙な時間帯なのでしょう。

「じゃあ、また。研究室で待ってる」

 すぐに行きます、と声をかけ、彼女は小太りな熟練者そうな店員について行ってしまいました。

「本当に、なんだかよくわからない人だよな」

 斗森は感心していました。

「何かあの人の中で踏ん切りがついたんだろうか?」

「人って数年のうちに細胞が全部入れ替わって別人になるって言うだろう」

 僕は三佳村さんがこの研究に参戦してもらえると言う喜びと、食事に花を添えるアルコールのおかげで少々詭弁を垂れたくなりました。

「つまり、この間の三佳村さんと今日の三佳村さんはちょっと違う人なわけだ」

「ああ、ハイハイ。なるほど最高なジョーク」

 僕の陽気さとは裏腹に斗森はクールを決め込んでいました。

「じゃあ逆にしばらくしたら俺たちのどちらかが、こんな実験やめようぜって言い出すかも知れないな」

 斗森はこんなことを言いましたが、それはないだろうな、と僕は感じていました。

 木製でも、プラスチック製でもない。前述した通り、僕らの探究精神は鋼なのです。

 

 三佳村さんが言ったように、僕らは大学で再会しました。

「どういう風の吹き回しです?急に協力したいだなんて」

 斗森は三佳村さんに問いただします。

「私だって別にその時の気分だとか、適当な気持ちで言ったわけじゃないのよ?」

 彼女も僕たちに合わなかった間、いろいろなことを考えていたようでした。この実験は主に彼女のために行われているので、当たり前と言えば当たり前なのですが。

「結論から言えば、私はその生物実験に協力する。そうしなければならないと考えたの」

 またなぜそんなことを?僕は理解できませんでした。

「私はあの場所から生まれてから今まで、誰にも迷惑をかけずに過ごそうと思って生きてきた。一見立派に感じるかも知れないけれど、それを突き詰めると何も行動できなくなってしまう」

「人の影響を与えないようにするには、何もしないのが一番、か」

 三佳村さんは軽くうなずきました。

「せっかく生き返らせてもらった命、人に迷惑かけるなんてもってのほか。って考えていたんだけれど、そうして臆病になって何も出来ずに死んでしまったらそれが一番もったいない」

 自然体で深いことを言う人だなと僕は感じました。格言というのは、言おうと意気込む時点でダメなのです。そうではなくて、普段通りの生活の中でポロッとこぼれ落ちるもの。その言葉は一度死んでいるという、彼女でしかあり得ない価値観から来るものでした。

「それにこの研究は今後、仕方によっては何か人の役に立つ成果を残すかも知れない。命を使って研究を進めることになるのは気がひけるけれど」

 スピーチをするように、きれいに一拍の間を置きました。

「そうやって見つけられた技術も、世の中にはたくさんあるはずだから……だからお願い」

「わかりました。お前も良いだろう?」

「もちろん。僕は最初っから何も反対なんてしていないぜ」

 僕たち科学サークルはこのような形で和解したのでした。

「そんな一大決心をしてもらっておいて悪いんですが、今日やろうとしている実験に生き物は使わないんですよ」

 三佳村さんは「えっそうなの?」と首を傾げていました。僕は先日の洋食屋でなんとなく話は聞いたような気がしますが、半分酩酊状態だったのであまり覚えてはいません。

「今回は物と物の合体を試してみたいと思います」

 彼の話を聞くフリをして僕は目線の先にある、エンゼルアンコウの住んでいる水槽を見ていました。そこまで大きくはないですが、明らかにあのフラスコよりも居心地は良さそうです。

「おい、聞いてるのか」

「悪い悪い、聞いてるって」

「聞いてるんなら、なんで謝ったんだよ」

 三佳村さんはクスッと笑いました。そう、この感じ。僕は本当は科学が好きと言うより、このサークルの空間が好きなのかも知れません。

「まあ、良い。今回はたいして難しいことはしない」

 彼は一端の科学者気取りです。

「混ぜまくろう。何から何まで。なんせ物なら生き物よりも集めるなが簡単だからな」

 僕らはそれから様々なものをフラスコの中に突っ込み、データを集めて行きました。

「見ろ!昆虫図鑑と鳥類図鑑を混ぜたら、へんな生き物ばっかり載ってる出鱈目の図鑑が出来た!」

 液体の中に入れられて完全にふやけてしまっていますが、確かに中身はよく分からないモンスター図鑑になっていました。

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