第 十 二 話
席に着くと、斗森はメニュー表も見ないで「ナポリタン一つ」と店員に伝えました。僕は選ぶ間もなく、とっさに
「じゃ、じゃあこのふわふわ卵の天使……」
「オムライスですね。かしこまりました」
店員は冷徹に僕のオーダーを切り捨て、注文内容を確認して速やかに去って行きました。
「なんだよ、ふわふわ卵の天使の戯れオムライスを名乗ってるのはそっちの方じゃないか」
僕は店内の従業員たちには決して聞こえない大きさの声でぼやきました。
「メニュー名、気に入ってるの名付け親のオーナーだけなんだよ。常連は誰もそんな長ったらしい料理名読み上げないさ」
僕はナイスな皮肉を思いつきました。
「でもきっと熟考して名付けたんだろうな、君よりマシだ」
「そこまで気に入らないか、ミドリンコ」
キャッチーだけど、語呂が悪い。しかもそれだとミドリムシとアリンコが合体しても「ミドリンコ」なってしまいます。そういう風なことを言うと、彼は
「確かに。ネーミングは面白いな」
と力なく笑っていました。
「それにしても、こんなお洒落な店よく知ってたな」
「知り合いの紹介でね」
クラシカルな店内は程よく混み合い、喧騒心地良く感じました。
それにしても、うまくいって良かった。僕は今日の実験の結果に安心しました。こんな序盤で躓いていたら幸先が不安だからです。
「今回初めて実験の様子を見てみたけど、案外順調そうじゃないか」
僕は置かれたおしぼりをいじりながら呟きました。
「もう材料が分かればすぐにでも目的が果たせそうな気がする」
「それが一番難しいんだよ」
斗森は机に上半身を突っ伏して深く溜息をつきました。
「その為にはデータを集めなくてはいけない。地道に行くしかないね」
僕も同じようにしてうつ伏せになりました。
その時、突如店内の明かりが落とされました。急な出来事に僕は驚きましたが、斗森や他の客は全く動じていません。何やらステージの方を気にしている様子です。僕も同じように暗闇の中で目を凝らすと、そこには後、六人ほどの人が立っているのを確認できました。いつの間にかに設置されているマイクの位置や高さを調節している人。それの背後を取り囲むようにして各々が準備を始めていました。あのピアノにも着飾った女性が座っています。
「なあ、ゲリラライブか?」
斗森に尋ねました。こう言うのはあまり経験がなく、非常にワクワクします。
「ゲリラ、ではないよ。毎週この時間はやってるんだ」
きっと彼はこれを観せる為に僕をここへ誘ったのでしょう。
「お前ってなぜかモテないよな」
「さあ、始まるぞ」
彼は自分御都合の悪いことは聞こえないたちなのです。スポットライトがステージを照らし、ムーディな空気を演出していました。
僕は中央でスタンドマイクに手をかける女性を見て声を失いました。
「お、おいおい、あれ、あれって」
「びっくりだよなあ。俺も最初はすごい驚いた」
そこでは僕らのよく知る人造人間が、悲しげなバラードを歌い上げていました。
懐かしい響きと落ち着いた空間が相まって僕らはうっとりと聞き入っていました。
「なあ、この曲なんだっけ?」
「ワッフルバイソンだろ、曲名は忘れたけど」
そうそう、ワッフルバイソン。僕らが中学生ぐらいの頃に大流行したバンドでした。
「みんな馬鹿みたいにそればっかり聞いてて」
「オリコンチャート上位をワツバイが独占するのは日常茶飯事だったな」
思い出に浸ったのも束の間、三曲ほどの演奏を終了すると店は明転し、パフォーマンスは終了を迎えました。ステージ上のプレイヤーたちは深々と礼を繰り返し、客たちは彼らを讃える拍手を送りました。僕たちもその中の二人です。
「良いところだな、この店。お洒落だし」
「秘密基地って感じもするしな」
その圧巻のステージの後、しばらくしてから例の歌姫が顔を出しました。
「まさかあなた達が来てるなんてね」
三佳村さんはやれやれ、と言う様子でした。「また一人、この事実を知る人を増やしてしまった……」
「良いじゃないですか、カッコよかったですよ」
宥めるように僕は言いましたが、当の本人は不服そうです。
「で、例の実験、及び悪巧みの計画を立ててるわけ?」
一人では簡単にくじけてしまう軟弱な精神でも、二人の柱が支え合うことで作り上げる鋼の精神は折れることはありません。僕らは頷きました。もう、何を言われようとも実験を中断することはありません。
「あのさ……」
彼女は何かを言い辛そうにしていました。
「な、なんですか。我々は怯みませんよ。あなたがなんと言おうと」
斗森も僕と同じ気持ちでした。
「い、いやそうじゃなくて」
ゆっくりと一呼吸置いて言いました。
「私も混ぜてくれない?その活動に」
「反対する気持ちもわかります。でも……ってあれ?」
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