第 十 一 話

 奇抜な組み合わせを試すなあと感心しました。

「なあ、斗森。このサークルに入って以来、コソコソやっていた研究ってこれだったのか?すごいな」

「本当にすごい偶然だよな。この実験がこんな意味を持つとは」

 斗森は三佳村さんの存在と自分の活動が繋がったことに驚いているようでした。

「いやそうじゃなくて、お前の秘密力にびっくりしているんだ」

 彼は絵に描いたような困り顔をしました。

「なんだ、秘密力って」

「そりゃあ、秘密を隠し通す力だよ」

 僕は自慢げに言いました。

「それがお前はすごく高い。こんな事をしてるなんてちっとも気が付かなかった」

「はいはい、そうか」

 思ってもみなかった事を言われた、と言う感じで斗森は複雑そうでした。

「じゃあ、この研究に携わるにあたって、お前にも見つけてもらわないとな、その秘密力を」

「善処するよ」

 斗森は手に持ったビーカーを水槽に突っ込み、例のアンコウを救い上げ、熱帯魚の入っているフラスコの方へと向かっていきました。「なあ、そこに赤、白、黄色のスイッチがあるだろう」

 確かに僕がガスコンロと形容した機械から線が伸び、カラフルなレバーが三つ並んでいました。

「ああ、これか」

「俺がこいつをフラスコに入れたら、その瞬間にそのスイッチ三つとも右に入れて欲しいんだ」

 僕は何がなんだかわかりませんでしたが、この装置の作り手であるこの男を信じ、言う通りにすることにしました。

 ビーカーの中のアンコウは何がなんだかわからず戸惑っているように見えます。

 中の水ごとドプンとフラスコに入れられ、熱帯魚とアンコウが対峙しました。見知らぬ相手に気まずい様子、ではなく、アンコウがおかしな挙動をし始めたのです。

「さあ早く、スイッチを。アンコウは海水魚だ、モタモタしているとくたばってしまうぞ!」

 僕は素早く、三色スイッチをバチンッと右に入れました。

 台座の機会は火花を散らし、丸フラスコは少しずつ明度を上げるようにして光り始めました。中の様子が気になりますが、もう見ていられるような眩しさではありません。それはもう黒ガラスを通さず太陽を直視するような危険な行為です。強烈な光で全身に熱を感じ始めた頃、光は止み始め、すべては終わっていたのです。

「はあ、びっくりした。前もって言ってくれないと困るな」

「何が」

「アンコウは海水魚だから、とかこの強烈な光のこととか」

 僕はまだチカチカする目を擦りながら言いました。

「僕にまで秘密力を発揮されたら困るな」

「光のことはまだしも、アンコウのことは考えたらわかるだろう」

 ぐうの音も出ませんでした。

「まあ、いい。それよりも結果は」

 斗森はニヤリと口角を上げました。

「成功だ。見てみるといい」

 あの球体の中には確かに奇天烈な魚がぎこちなく泳いでいました。遊泳能力は熱帯魚の方を継いだようです。この世に存在しないはずの生物というのは言葉で説明するのが非常に難しいのですが、強いて言うのであれば、本当の意味での合いの子。それはどちらとも言えない姿をしていました。胴体の部分はふっくらしていてアンコウ寄りで、身体中のヒレが着物で身着ているかのように長く、先端には全て特徴的な提灯がついています。

「エンゼルアンコウとでも名付けるか」

 なかなかかっこよくて詩的な名前だと僕は感心しました。確かにその優雅で煌びやかな姿は、まるで天使を彷彿とさせます。

「名案だな」

「名案も何も元の名前同士をくっつけただけだけどな」

「くっつけただけ?」

「熱帯魚の名前、あれエンゼルフィッシュって言うんだ。エンゼル、プラス、アンコウでエンゼルアンコウ」

 感心した僕が馬鹿でした。なんならいつの時代か、あの魚にエンゼルフィッシュと名付けた人物に謝って欲しいぐらいでした。

「詩的なこと言う奴だと思ってたのに。じゃあ、この前の微生物はなんて名前なんだ」

 斗森は悩んでいるようでしたが、対して本気では考えてはいないのでしょう。

「ミドリムシとミジンコだから……ミドリンコ?」

「ああ、聞かなきゃよかった!」

 

 その日、研究を切り上げたのは夜の七時頃で、二人で夕飯を食べることになりました。何気にこうして二人で街に出るのはかなり久しぶりな気がします。

 僕らが入ったのはただならぬ雰囲気を醸し出す洋食屋でした。大通りから横に逸れた裏道を超えた先にある場所で、自分一人では恐らく一生巡り会うこともなかったであろう店です。店内は外からの印象よりも広く、カウンターのすぐ横にはそこそこの大きさのステージがあり、立派なピアノが置かれています。いかしたバンドが演奏したりするのかもしれません。

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