第116話 樽生スパークリングワイン

「良かったな」

 オフェリーの住むアパルトマンを出たあと、マウロが笑った。

「あぁ、ありがとう」

「それはオフェリーに言ってくれ」

 仕事の早い恋人を自慢するように、彼は言う。

「そうさせてもらう」

 と、俺は言った。

「明日詰所に持ってくるぜ」

 楽しみにな、と、マウロは言葉を紡いだ。

「お、戻ってきた。飲みに行くか!」

 俺たちが戻って来るのを見、ディディエが言った。

「結局ボクたちの出番はなかったね」

 道すがら、フランシスが背後でオリヴィエと話をしている。

「まぁ、要するに俺たちはシャルルの護りだったからな。それに、アパルトマンに親衛隊はいないさ」

 考えてみれば確かにそうだ。あんなにぞろぞろと行く事もなかったのだ。

「そう言えばマウロはオフェリーさんと同棲してるのか?」

 と、俺が何気なく聞くと、

「できたらどんなに良いか」

 と、言う答えが返ってきた。そう言えば彼はコンベール街に住んでいたっけ。

「結婚は?」

「いつかするつもりだ」

 と、マウロは言った。それはどこか覚悟をしているように見える。

「結婚は人生の墓場だというからな」

 気をつけろよ、と、俺はマウロの背中を叩いた。

「お前に言われなくてもわかってるよ」

 と、彼は苦笑した。

 やがて店に着き、毎度毎度同じ席へと案内される。

「今日は樽生のスパークリングワインが手に入りましたよ!」

 注文を取りに来た店主が元気な声で言った。

「種類は?」

 お、オリヴィエが食いついた。

「赤と白、ロゼもご用意しております」

「美味しいのか?」

「美味しいから、お勧めするんです!」

 しばらくのやり取りの末、ものは試しとそれぞれ頼んでみる事になった。俺は白を頼み、知る限りでは、フランシスはロゼ、オリヴィエとマウロが赤だったと記憶している。

「お待たせしましたー」

 やがて、スパークリングワインが注がれたグラスを乗せた盆を両手に持った店主があらわれる。

「白のやつ!」

 オリヴィエが声を張り上げる。俺とシモン、あと何名かの銃士隊員が手をあげた。

 それぞれバケツリレーの感覚で、奥に座った俺や他の隊員のもとへと白ワインが届く。グラスの縁に泡が立っている。美味しそうだ。

 ロゼと赤も行き渡り、クォーツ国の繁栄を祝し、皆で乾杯する。毎回の事だが、それが楽しいのだ。

 白のスパークリングワインは微炭酸で、さっぱりとしている。想像していたより美味しいかもしれない。

「ボクも白、飲んでみたいなぁ」

 隣に腰かけたフランシスが呟く。欲しいと言う事ですね。

「代わりにお前のロゼも飲ませろよ」

 俺はそう言って、グラスを滑らせた。

「うわぁ、シャルルありがとう!」

 テンションが高いですね、フランシスさん。片手に持ったロゼのスパークリングワインを俺に手渡し、彼は弾んだ声を出した。

 ロゼもかすかな甘味があり、美味しい。

 たまにはこう言った変わり種も良いな。

 皆そう思っているようで、オリーブのピクルスを肴に、新たにスパークリングワインを注文する隊員もあらわれるほどだった。

 あ、そう言えば……

「出発は明日じゃなかったか?」

 俺の言葉に、グラスへ葡萄酒を注いでいたオリヴィエの手が止まった。

「確かにそうかも……」

 フランシスはもごもごと言葉を濁した。

「やっぱり早いのか?」

 と、マウロが言いかけた時、

「オリヴィエさん、お客さんだよ!」

 店主の声が聞こえた。

「旦那様! 出発は明日の日が上る頃ですよ!」

「ティエリー……」

 オリヴィエは葡萄酒の瓶を置いた。ティエリーとは、彼の従者だ。

「寝坊されては困ります! 早く家に帰りましょう!」

ティエリーは声を張り上げる。

「俺が寝坊すると思うか?」

「もし、のお話です。私は旦那様を信用しておりますが、もし寝坊されたら──」

「あぁー、もう帰るよ!」

 と、オリヴィエは席を立った。

「隊長が帰るなら俺たちも帰った方が良いな」

 マウロが俺とフランシスを見遣る。

「そうだねー」

 ボクも従者が迎えに来られても嫌だし、と、フランシスは続けた。

 エタンは今頃なにをしているだろう。高級な葡萄酒の瓶を抱えて良い夢でも見ているのかもしれない。まぁ、彼の事は置いておいて、アイリスはこの夜をどのような気持ちで迎えるのだろう?

 そんな疑問が、ふと浮かんだ。

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