第115話 マウロの恋人

「お待たせー」

 と、軽快な声でフランシスは詰所の扉を開いた。その手には、セピア色の羽根のついた黒い帽子があった。これも中々──

「格好いいな」

 と、俺は思わず口ずさんだ。

「だろー、君に似合うと思って選んだんだ。父様の若い頃の帽子だけど、良かったら被ってよ」

「ありがとう」

「良かった! ボクも嬉しい!」

 俺の言葉に、彼はうっすらと目に涙を湛え、抱きついてきた。痛い痛い。

「じゃあ、羽根を買いに行くか」

 オリヴィエが手を叩く。

「羽根?」

 俺に抱きついたまま、フランシスは首を傾げた。

「あぁ。マウロの恋人が中々の腕前らしくてな。羽根はぼろぼろになってしまったが、帽子は直せそうなのだ」と、オリヴィエは言った。「羽根もあれば付けられると言うから、今から素材屋に買いに行こうと話していたところだ」

「それじゃあ、シャルルは二つの帽子を貰えるんだ!」

 フランシスは先程の俺と同じような言葉を繰り返した。

「誰が行く?」

 オリヴィエが言うので、

「俺は直接見たいから行きたいかな」

 俺は答えた。

「シャルルが心配だから俺も行こう」

 と、マウロも手をあげる。

「じゃあ俺も」

 シモンやダミアン、ディディエまで一緒に行ってくれるらしい。

「勿論、ボクも行くよ?」

 フランシスは言う。

「じゃあ、皆で行くか!」

「おう!」

 と、皆は賛成した。

「なるべくシャルルを囲んで行こう。今のところ親衛隊のやつらの標的はシャルルだ」

 オリヴィエが指示をだす。それにあわせ、隊列を組むように皆が俺を中心に並んだ。

「買い物が終わったら飲みに行こうぜ」

 ディディエが囁いてくる。

「マウロの恋人に羽根を渡してからだ」

 と、目ざとい隊長の声が飛ぶ。しかし、あのマウロの恋人だ。どんな猫なのだろう?

 ぞろぞろと城を出、素材屋が並ぶサンセーヌ通りへ足を向ける。馴染みの酒場のすぐ近くにある場所だ。

「俺の恋人もサンセーヌ通り沿いのアパルトマンに住んでいるんだ。用事はすぐ終わるさ」

 マウロは腕を組む。

 やがて、サンセーヌ通りを示す案内板が目に入る。もうすぐそこだ。

「羽根屋は……ここか」

 と、入ってすぐの店の看板を見て、オリヴィエは呟く。ショーウィンドウを見ると、羽根帽子や、羽根そのものが飾られている。間違いないな。

 店の中は狭そうだと、銃士隊員を表に待たせ、オリヴィエと俺が中に入る事にした。

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

 と、あらわれた店員が声をかける。

「この帽子に合う羽根を探している」

 クラウンの潰れた帽子を店員に見せ、オリヴィエは尋ねる。

「まぁ、このお帽子の?」

「勿論直ってから付ける羽根だ」

 勘ぐったような店員を見、彼は声を低めた。

「そうなのですね、申し訳ありません」店員はすぐに頭を下げ、「それでしたらこちらはいかがでしょう?」

 と、黒い羽根を取り出した。

「これは?」

 俺が聞くと、店員はにこりと笑い、

「白鳥の羽根を黒く染めたモノになります。それに鶏の白い羽根を添えられたらどうでしょう」

 と、答えた。中々良いな。

「これにするか?」

 俺の顔を見、オリヴィエは聞く。

「……そうだな」

 俺は返事をした。

「よし、じゃあ、これにしよう。すぐ使うから、包装は簡易なもので結構だ」

「わかりました。ありがとうございます」

 金を受け取り、店員は紙袋に紙一枚で包んだ羽根を入れた。

「わかりやすい紹介をありがとう。機会があればまた寄らせて貰おう」

 世辞を行って、オリヴィエと俺は店をあとにした。

「良いのがあったか?」

 外で待っていた皆が紙袋を覗きこんでくる。

「まぁまぁ、できてからのお楽しみさ」

 と、俺は言った。

「じゃあ、マウロの恋人の所に持っていくか」

「道案内するぜ。こっちだ」

 最近全く活躍のなかったマウロさんだ。声がどこか弾んでいるように見えた。

 マウロの恋人の住むアパルトマンは、サンセーヌ通りの中程に面していた。ここではマウロと俺、オリヴィエ、と、なぜかフランシスもついてきた。

 件の恋人の住む部屋は五階だと言う。四人して狭い階段を上がり、数個の扉のある五階へと辿り着いた。

 マウロはその内の一つの扉を叩き、

「オフェリー! いるか?」

 と、声を張り上げた。

「はーい」

 爽やかな声が聞こえる。間も無く扉が開かれ、蒼い瞳の白猫が姿をあらわした。

「あら、マウロ」

 どうしたの? と、彼女は聞いてくる。

「お前に頼みがあるんだ」マウロはぼろぼろになった帽子と羽根を渡し、「お前なら直せると思ってな」

 と、言った。

「まぁ、直せるけど……中々の高級品ね。まさか──」

「盗んでねぇよ」

 すぐに彼は答えた。

「俺の買って貰った帽子なんです。ちょっともめ事があって壊されてしまって……」

 俺は言葉を濁した。

「そう言うあなたは……」

 あ、初めましてだった。

「名乗り忘れていました、俺はシャルル・ドゥイエと言います。一応銃士隊員です」

 と、俺は頭を掻いた。

「兎も角、直して羽根を付ければ良いんでしょう? 一晩待って」

「一晩でできるんですか!?」

 オフェリーの言葉に、思わず俺は声を張り上げた。

「このオフェリー様にかかれば帽子の一つや二つ……」

 簡単よ、と、紫色のとんぼ玉のネックレスをした白猫は言った。

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